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2012年3月8日木曜日

バビロンの陽光('10)         モハメド・アルダラジー

<「煩悶の人生の集約的な最終到達点」と、自立に関わる行程の萌芽を内包する初発点という、二つのイメージに結ばれた一つの旅の物語>



1  「煩悶の人生の集約的な最終到達点」と、自立に関わる行程の萌芽を内包する初発点という、二つのイメージに結ばれた一つの旅の物語



これは、身体化された記憶にどっぷりと張り付く、失った「過去」を追う老婆=祖母と、身体性の媒介のない、「過去」を追うことを強いられた少年=孫との間に広がる、微妙だが、しかし決定的な距離を持つ、南へ向かう一つの大きな旅が、まさに、人生の中で特化された由々しき旅の行程を通して、祖母の旅の、身体化された「過去」の生命のラインに、孫の旅のそれが自立的に辿り着き、融合していくことで、「過去」を追うことを強いられた旅を、「バビロンの空中庭園」にシンボライズされたように、「希望」に収斂される、独自の「未来」を切り開く旅にシフトさせるイメージに結ばれた物語である。

老婆=祖母の旅は、12年間もの間、消息のない息子の所在を捜索し続けて来て、累加された「煩悶の人生の集約的な最終到達点」であるが、少年=孫の旅は、音楽家であった父が残した縦笛という物理的記号によってしか繋がり得ない、幻想の父を追う、自立に関わる行程の萌芽を内包する初発点であると言っていい。

当然の如く、一つの旅が抱える重量感には決定的な落差がある。

祖母と孫という関係の紐帯(ちゅうたい)によって遂行された旅は、祖母の「煩悶の人生の集約的な最終到達点」であるが故に、初めから絶望的な空気感を抱懐していた。

映像の冒頭から開かれた、クルディスタンの荒涼とした砂漠の中で、祖母と孫の情感言語の交通が希薄なシーンによって提示されていた。

少年の名は、アーメッド。

12歳である。

黙々と歩く祖母と、大自然の中枢で戯れたり、下手な縦笛を吹いたりするアーメッド。

トラックが通っても、祈りを止めない祖母を横目に、クレームををつけるアーメッド。

「お婆ちゃんのせいだ。もう帰る」

ようやく通ったトラックに、金を払って乗せてもらっても、肝心の目的地であるナシリアまでの、900kmに及ぶ遠大なる南下の旅である。

ナシリアとは、祖母の息子=少年の父である、イブラヒムが捕捉されているという刑務所の名前のこと。

アンファル作戦(注)という、忌まわしき言葉をトラック運転手から聞き知っても、他人事の世界としか感受し得ない少年にとって、ナシリア行きよりも、学校で習った「バビロンの空中庭園」の方が魅力的な場所なのである。

2003年、フセイン政権崩壊から3週間後のことだ。

父に対する情感的記憶を有しないアーメッド少年の旅の目的が、クルド語しか話せない祖母の通訳係という役割以上のものであるにも関わらず、「煩悶の人生の集約的な最終到達点」である祖母の旅の、鋭角的な情感濃度の高みに合わせられる訳がないのは当然過ぎることだった。

圧倒的に乖離する情感濃度の漂流感による、ゲーム感覚の放恣な流れ方。

それが、自立に関わる初発の行程であるという感覚に届き得ぬ以前の、アーメッド少年の旅の行程の様態であった。

そんな旅の様態であったが故に、アーメッド少年は、祖母との情感言語の円滑な交通も儘ならず、ハードルの高い難儀な旅を紡いでいくしかなかったのである。


(注)フセイン政権下のイラクで、1988年に集中的に遂行されたクルド人虐殺事件のこと。化学兵器の使用による虐殺の罪で、この作戦を指揮した「ケミカル・アリ」(国防相のアルマジド)は、2010年に死刑を執行された。



2  「父さん、どこにいるの!」 ―― 旅の軽量感を削り取られた少年に負荷された苛酷な現実①



祖母との旅の苦闘の中で、何とかナシリア刑務所に着いたとき、そこで知った父の非在を目の当たりにして、少年は初めて満たされない感情を炸裂させていく。

「父さん、どこにいるの!12年も会っていないよ、どこにいるの!」

少年の児童期後期の自我が、嗚咽含みで激しく揺動しているのだ。

「息子よ、お願いだから出て来て!嫁はお前の帰りをずっと待っていたのよ!アーメッドは大きくなったのよ!」

祖母もまた、叫んでいる。

まもなく、息子イブラヒムの写真を左脇に抱え、右手で刑務所の土の匂いを嗅ぐのだ。

「ここにいた・・・」

そう呟いて、涙ぐむ祖母。

その姿を凝視する孫。

このエピソードが、アーメッド少年の旅の軽量感を削り取っていく。

それは、苛酷な物語の実相を顕在化させていく決定的な瞬間だった。

思うに、この映画の生命線は、一つの旅が内包する、二つの旅の行程の中で露わにされていく、国情の不安定なイラクの現実の厳しさと、その厳しさが二人の旅人に重く負荷されていくに連れ、否が応でも経験的に身体化していくことで、アーメッド少年の児童期後期の自我が、「煩悶の人生の集約的な最終到達点」の渦中で崩れ去っていく、祖母の精神の空洞を埋めるに足る力強さを発現させていく変容のプロセスを、些か鋳型に嵌った描写ではあったが、観る者への訴求力の高い構築性を具現したことにある。(画像はモハメド・アルダラジー監督)

この構築性の中で、映像の色調は、次第に圧倒的なリアリティを増幅させていく効果を鮮明化していくに至るのだ。



3  苛酷な旅の現実の只中で動転し、煩悶を炸裂させる祖母の悲哀



ここで、物語のプロットをフォローしておこう。

フセイン政権崩壊によって、初めて開かれた「過去への旅」 ―― それが、消息の途絶えた息子の所在確認を求める老婆=祖母の旅である。

湾岸戦争で救った仲間からの手紙で知らされた息子の所在が、イラク南部のナシリア刑務所に特定されたとき、祖母は、12歳の孫を随伴して、900kmに及ぶ遠大なる南下の旅に打って出た。

「フセインが糞なら、アメリカは豚だ」

バグダッドまで乗せてもらったトラック運転手が吐き出した、毒気に満ちたアイロニーだが、当人は、アラビア語の話せない祖母から受け取った金を返す善良な男。

バグダッドで、祖母と少年の二人は、ごった返す人込みで逸(はぐ)れながらも、何とか、刑務所へ行く人たちで混雑するナシリヤ行きのバスに乗り込んでいく。

多くの政治犯らが収容されていたという、半壊状態のナシリア刑務所では、このときを待っていた人々の、肉親縁者を捜す熱気で喧騒状態。

結局、二人が求めるイブラヒムという名前は収監者リストになく、前述した、悲痛のエピソードを置き去りにして、ナシリア刑務所を後にする。

「集団墓地に行けば分るかも知れない」

案内所の者が放つ冷厳な言葉が意味するのは、既に、「尋ね人」が遺体になっている現実を示唆するもので、とうてい祖母には受容し得ない。

刑務所の土の匂いを嗅ぐ祖母の悲痛の構図は、映像が初めて映し出した、南下の旅の苛烈さを切り取るカットだった。

それは、アーメッド少年の旅の変容を決定付けるシーンでもあり、悲痛なるラストカットまで続く少年の苦闘の記録をフォローしたものでもあった。

苛酷な旅の現実の只中で動転し、煩悶を炸裂させる祖母を見て、少年はこの旅の本質を実感的に感受するに至るのだ。

今や、12年間もの間、そこに縋り付き、支え切っていた物語への思いが幻想として散ったとき、祖母はもう、殆ど人生の目的を失ってしまっていた。

それを視認する少年は、祖母との間に広がっていた心理的距離を、思春期前期に踏み込んでいく感性の中で捕捉し、自立的に埋めていく決意を見せていくのである。



4  「僕が一人で連れて行く」 ―― 旅の軽量感を削り取られた少年に負荷された苛酷な現実②



バグダッド行きのバスに乗り込んだ二人が出会った、一人の男。

その名はムサ。

二人のように、未だ独自の国家を持たない、イラク北部等々の山岳地帯に居住するクルド人ではないが、素性を語ることを敬遠しているように見えた。

しかし、このムサのお陰で、二人の遠大なる旅の重量感が相対的に軽減されていく。

ムサの物理的・心理的サポートに後押しされて、二人は集団墓地に向うことを決心する。

アラブ人なのに、クルド語を話すムサの素性を知った祖母が、ムサを「人殺し」呼ばわりして、関係を遮断させるに至る事態が出来したのは、野営のキャンプの夜のことだった。

共和国防衛軍に強要され、アンファル作戦に加担したことで心的外傷を負ったムサとのエピソードは、本作の肝でもあるので、それについての言及は後述する。

ムサの心的外傷の深さは、苛酷な旅を繋ぐ二人のクルド人への援助行動によって、それを浄化させようと努めているように見える、一貫した態度のうちに読み取れるだろう。

クルドの老婆に拒絶されても、援助行動を放棄しない男と、その男の優しさに惹かれるクルドの少年。

そこには、民族と世代を超えた深い心の紐帯が形成されていた。

物語を追っていこう。

近くのモスクを紹介したムサは、そこに移された囚人が、二人が求めるイブラヒムではないかという一縷(いちる)の望みをもって訪ねるに至った。

「病気で顔が崩れているから、会わせられない」

モスクに勤めるムサの知人、シェイクの言葉である。

それを承知でシェイクに頼むムサの献身的行為に動かされ、その囚人と会うことが許された。

それは、クルドの老婆にとって、生きて息子に会えるという最後のチャンスだったのだ。

アーメッドを残して、意を決して会いに行く祖母。

しかし、その病気の囚人はイブラヒムではなかった。

唯一の望みを絶たれて、途方に暮れる祖母に孫が寄り添い、抱き合う二人。

結局、二人の行き先は集団墓地しかなかった。

トラクターに乗って、集団墓地に向かう3人。

集団墓地から遺体を運ぶ車がラインを成して、トラクターを通り過ぎていく。

それを、いつまでも見詰め続ける祖母。

トラクターから降りて、荒涼たる大地に一人立つ祖母。

祖母は既に、覚悟を括っているのだ。

祖母に駆け寄って、寄り添う少年。

集団墓地に辿り着いた3人。

其処彼処(そこかしこ)に遺体が置かれている墓地の風景は荒涼としていた。

女たちの慟哭が、天を劈(つんざ)いているのだ。

必死に奔走するムサ。

一方、祖母は集団墓地で会った、伝統的な黒地のチャドルを纏(まと)う女性と、悲哀を共有していた。

「言葉は通じないけど、哀しみを感じる」

女性の言葉である。

凄惨な風景の広がりは、子供に見せるには刺激的過ぎると考えたムサの配慮で、トラクターで待たされていたアーメッドは、悲痛に歪む祖母の表情を見て、堪らずに抱き締めて、そこだけは明瞭に言い切った。

「もう泣かないで。父さんを捜すの手伝うよ」

更に少年は、ムサに向かって、凛として言葉を結んだ。

「ムサ、僕はお婆ちゃんと行く。僕が一人で連れて行く」
「どうして?」
「ムサは家に帰らなきゃ」

ムサとの辛い別れを決断した少年と、ムサへの恨みを捨てた老婆。

かくて二人は、別の集団墓地に向かうのだ。

次に訪ねた集団墓地は、白骨が次々に掘り起こされる荒涼とした風景を見せていて、それは、まるで「希望」とは無縁な異界の如き凄惨さを露わにしていた。

その集団墓地で、特定できない白骨に触れて、嗚咽しながら訴えている祖母がいる。

「あちこち、お前を捜し歩いたのよ」

祖母の傍に近づき、声をかけるアーメッド。

「ここにはいないよ。新しく見つかった墓地に行こう。もう、泣かないで」

その白骨の傍にあった遺品から別人であることを特定したアーメッドは、祖母を抱えるようにして移動させるが、その眼から涙が滲んでいた。

まもなく、バビロンの夕景眩い風景の中を、荷台に乗った二人がいる。

言葉少ない祖母の異変を感じ取ったアーメッドは、祖母の顔を撫でたり、体を揺すったりして、意識を戻そうとする。

祖母の死を目の当たりにして、アーメッドは叫び続ける。

「僕を一人にしないで!」

号泣する少年。

少年にとって、今や、拠って立つ何ものにも縋れない苛酷な状況下で、自らの旅を切り拓くことが求められたのだ。

散々、泣き尽くしたアーメッドは、涙を拭って、笛を手に取り、次第に離れていくバビロンに向かって、ゆっくりと笛を吹いていく。

ラストカットである。



5  「和解」と「赦し」、そして「希望」についての物語



この映画のテーマは、「和解」と「赦し」、そして「希望」である。

「希望」については、「バビロンの空中庭園」に向かうラストシーンにおいて、アーメッド少年の号泣の心痛のうちに、それ以外にないと思われる構図の提示の中に読み取れるだろう。

この重苦しいラストカットには、「絶望」のイメージを印象づけるが、決してそうではない。

ラストカットの構図は、この国の「現実」への理解を求める作り手のメッセージが仮託されているだけで、作り手の射程に入っているイメージの稜線には、どこまでも、「たった一人」になった少年の内的行程を凝視し、それが自立的に動いていく未来像を見据える包括的な視線が内包されている。

アーメッド少年の号泣の先に待つ、未来のイメージは決して「幸福」への内的行程を約束するものではないが、「僕がお婆ちゃんを、一人で連れて行く」と言い切った言葉のうちに、「自分で未来を拓いていく」という無言の決意が結ばれていたと言っていい。

この「希望」のテーマについては、テーマシフトさせた批評の中でも拾っていきたい。

ここからは、「和解」と「赦し」のテーマについて言及しよう。

このテーマに関しては、祖母とムサとのエピソードの中で描かれていた。

以下、「赦しの心理学」という問題意識を以って、この由々しきテーマの艱難(かんなん)さと、その奥の深さを考えてみよう。

本作では、祖母とムサとの重苦しい会話の中で、「赦し」の艱難さが映像提示されていた。

「クルド語はどこで習ったの?」と祖母。

野営の狭隘なスポットで、クルド語を話すアラブ人のムサに、祖母は直截(ちょくさい)に尋ねた。

「俺が18歳の時だ。バース党に北へ連れて行かれ、働かされた」とムサ。
「何の仕事をしたの?」

祖母の問いに即答し得ないムサが、振り絞るような声で、封印していた記憶を吐き出していく。

「強要された・・・村を襲った・・・殺した・・・女を殺した。子供も」
「アンファルね」
「そうじゃない。強要されたんだ。共和国防衛軍に2カ月いた。逃げれば殺された」

どこかで密かに想像していたに違いない、相手の忌まわしき反応を耳にして、もう、祖母の情動の炸裂を止める術がなかった。

「死ねば良かったのよ!人殺し!もう話しかけないで!向こうへ行って!サダムと同じよ!」

それを聞いていたアーメッドは、叫びをあげて泣き出した。

「止めてよ!」

大人社会の複雑な事情が理解できないでも、自分にとって、最も親しい大人が噴き上げる、物騒な会話の恐怖に怯えているのだ。

バスの中で、アーメッドに、「傷つけられても赦せ」と言った、優しい祖母の言葉を覚えていた12歳の少年にとって、相手を「人殺し」呼ばわりする祖母の、かつて見たことのない情動の炸裂を理解するには、未だ人生の年輪と、この国で起こった忌まわしき事件への情報が不足していたのであろう。

それでも、ナシリヤ刑務所での、祖母の深い哀しみを視認しているアーメッドには、児童期後期の自我が、「共和国国家」の決定的変容を象徴させたフセイン政権の崩壊によって一気に開かれた、この特別な歴史的事件の渦中で、抑圧の対象でしかなかったクルド人たちの「過去を奪回する旅」の苛酷な行程を通して、いつしか、思春期前期に踏み込んでいくの感性の中で、12年間の気の遠くなるような空白の惨状を突き抜けていく、祖母の悲哀の肝の辺りにまで届き得ていったのである。

アーメッド少年の、この内的行程の変容なしに、「自分で未来を拓いていく」という、「希望」に関わる未来像のイメージを読み取ることは困難だろう。

「何かあったら、モスクに戻って来い。シェイクがウチに案内する」

これは、集団墓地を離れるときの、ムサの言葉である。

恐らく、祖母を喪った少年は、ムサを訪ねて行くことで、彼の有効なサポートを受けつつ、そこから開かれる未知の時間の中で、自立行への艱難辛苦(かんなんしんく)のロードを、自分のサイズに見合った律動感を捨てることなく、一歩ずつ刻んでいくだろう。

そのようなメッセージ性を持たせるために、力強いムサの言葉が、物語の最も重要な局面の中で挿入されたと見るのが自然である。

それ故、私は、唯一の心の拠り所を喪った祖母の死と、その死を目の当たりにした少年の号泣というラストカットの構図は、この国の苛酷な「現実」を受容するという、それ以外にないイニシエーションを通過させるための不可避な内的行程であると考えるのである。

それは、凛とした姿勢で吹く縦笛という物理的記号が、祖母の死への葬送を意味すると同時に、「自分で未来を拓いていく」という、「希望」に関わる未来像をも包括するイメージをシンボライズさせることで、物理的記号の狭隘なフレームを突き抜けていったと読み取るべきであろう。



6  「赦しの心理学」の闇の深さ



ここで、「赦しの心理学」について、私なりに考えてみたい。

この映画の由々しきテーマの一つでもあるからだ。

大体、人を赦そうという過程を開くということは、人を赦そうという過程を開かねばならないほどの澱んだ思いが、人を赦そうとする人の内側に抱え込まれているということである。

人を赦そうという過程を開かねばならないほどの澱んだ思いとは、人を赦そうという思いを抱え込まねばならないほどの赦し難さと、否応なく共存してしまっているということである。

私たちは、人を赦そうという思いを抱え込んでしまったとき、同時に、赦し難さをも抱え込んでしまっているのである。

これが、蓋(けだ)し由々しきことなのだ。

相手の行為が、私をして、相手を赦そうという思いを抱かせるような行為であれば、私は相手の行為を否定する過程をそれ以前に開いてしまっているのである。

この赦し難い思いを、時には長い時間を要して、自我が希釈化していく過程こそ、「赦す」という行為の全てである。

「赦し」とは、自我が空間を処理することではない。

自我が開いた内側の重い時間を自らが引き受け、了解できるラインまで引っ張っていく苦渋な行程の別名である。

この赦し難さを、内側で中和していく行程こそが、「赦し」の行程だった。

赦したいという感情には、憎悪の持続への疲労感がどこかで既に含まれているから、この感情が目立って浮き上がってきたら、早晩、赦さなくてはならないという理性的文法の内に収斂されていく蓋然性は高まるであろう。

しかし、その感情の軌道は直線的ではない。

長い時間の経過によっても中和されにくい、濃密で澱んだ感情が、しばしば疲労感を漏洩させても、自我に張り付いた液状化した赦し難さの重量感が、束の間、噴き上げてくる気紛れな感傷を破砕してしまえば、先の見えない「闇の回廊」のように、「赦し」を巡る重苦しい心理的葛藤は振り出しに戻ってしまって、又候(またぞろ)、すっかり不活化された深淵の澱みの襞(ひだ)の奥で反復されていくだろう。

時間の中で何かが迸(ほとばし)り、何かが鎮まり、そして又、何かが噴き上がっていくのだ。

厄介なのは、赦せないという感情が、赦してはならないという理性的文法に補完されると、累加された感情が愈々(いよいよ)増幅してしまって、葛藤の中和が円滑に進まず、安寧の基盤となる内的秩序の回復が看過し難い支障を受けるという問題である。

「赦し」の行程では、赦せないという感情の処理が最も手強いのだ。

赦せないと思わせるほどの感情の澱みは、何ものによっても中和化し辛いからである。

深々と心的外傷を負った自我が、果たして、自らをどこまで相対化できると言うのだろうか。

「赦し」の行程を永久に開かない自我が、まさに開かないことによってのみ生きてしまう様態もまた、「赦しの心理学」の闇の深さを物語るもの以外ではないのだ。



7  絶対に赦せないという剥き出しの感情を処理し得た、理性的文法へのシフトの成就



物語に戻ろう。

本作の祖母が、ムサを許す内的行程は、前述したように、特段に複雑で、曲折的な航跡を露呈させたものではなかった。

「息子は無理矢理、兵士にされた。その結果がこれよ。ありがとう。あなたを赦すわ」

この祖母の言葉から、濁りの異臭を嗅ぐことは難しい。

率直であり過ぎるのだ。

「あんたたちを助けたいんだ」

このムサの言葉から、欺瞞の腐臭を嗅ぐことは難しい。

誠実であり過ぎるのだ。

「あなたは、充分助けてくれた。もう、赦すわ」

祖母もまた、誠実であり過ぎるのだ。

この呆気ないほどの「赦しの心理学」のモデルから、闇の深さを読み取ることは難しい。

なぜ、これほどまでに、「和解」と「赦し」への軟着が可能だったのか。

赦せないと思わせるほどの、祖母の内側に貯留した感情の澱みが、ムサの裸形の人間性に最近接することで希釈化され、そのことで、赦せないという感情の処理が捩(ねじ)れ切った内的葛藤を通過しなかったからである。

何より、ムサの誠実な態度のうちに、「逃げれば殺された」と吐露する者の苦衷(くちゅう)が伝わってきたこと。

これが大きかった。

このとき、祖母は、「一切はサダムが悪い」という、それ以外に考えられない、本来的な継続力を保証してきた「確証バイアス」の文脈に逃げ込めたのだ。

この文脈のうちに、赦さなくてはならないという理性的文法へのシフトの成就によって、「人殺し!」と叫んだときの、絶対に赦せないという剥き出しの感情を処理し得たのである。

だから、祖母の自我は、赦せないという剥き出しの感情が増幅してしまう、負のスパイラルの悪循環に起因する、葛藤の中和の停留に搦(から)め捕られることがなかった。

従って、秩序の回復がブラックアウトし、決定的な弊害を累加させていくという、極めて厄介な「闇の回廊」に捕捉されずに済んだのだ。

しかし残念ながら、ムサの人物造形の脆弱さが、赦しの行程の困難さにまで肉迫できない瑕疵となって、特定的に切り取られた映像のうちに露呈していた印象を拭えなかったのは事実。

そこに、心的外傷を負ったムサの内面描写の不足を感じ取ってしまったのである。

高い評価に値する映像構築性を示していただけに、悔やまれてならないというのが、私の率直な感懐である。


(2012年3月)

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