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2016年3月22日火曜日

黒衣の刺客(‘15)     ホウ・シャオシェン

「今、ここから」、暗殺者の人生の時間が変換されていく>



1  政治に翻弄され続ける暗殺者の悲哀と新たな旅の物語



8世紀の中国は、第9代皇帝・玄宗(げんそう)の出現で絶頂期を迎えたと言われる唐王朝の時代だった。

しかし、多くの場合、絶頂期は衰退期の始まりになる。

辺境防衛の目的で設置された強大な軍事力を持った「節度使」(地方軍団の統率者/「藩鎮」は「節度使」の統治地域)が、軍権以外にも、民政権・財政権も持ち始めたことで、従来の統治制度である中央集権的な統治制度の「律令制」が機能不全に陥り、やがて崩壊・消滅するに至る。

この現実は、大帝国を築き上げた唐の衰退期の始まりを意味する。

節度使・安禄山らによる、「安史の乱」と呼ばれる反乱が起こったのが755年。

以降、地方各地で荘園(地方豪族による土地の私有)が加速し、節度使・朱全忠の「黄巣の乱」(こうそう/875年)に象徴される農民反乱も連鎖することで、唐王朝の権威は完全に失墜するに至る。

これが、本作の歴史的背景にある。

この節度使が権力を振りかざすようになったカオスの時代に、本作のヒロイン・聶隠娘(ニエ・インニャン/以後、隠娘)が、凄腕(すごうで)の暗殺者として、児童期から成人期もの長い期間、山に住む女性道士(道教では坤道=こんどう、とも呼ばれる)に預けられ、修行を積んだ「成果」が開示されるモノクロのシーンから開かれる。

「あの男、実の父を毒殺し、兄弟さえ殺す。罪にまみれた官僚。人知れず、首を斬れ」

この物騒な言葉を放ったのが、女性道士の嘉信(ジャーシン)。

「あの男」とは、当時、最強の「藩鎮」(はんちん)を統治する節度使のこと。

その節度使の暗殺を、弟子の隠娘に命じるのである。

しかし、節度使の暗殺に頓挫する隠娘。

「幼子が可愛く、ためらいました」

           「幼子が可愛く、ためらいました」

これが、凄腕の暗殺者でありながら、節度使の暗殺にしくじった理由だった。

「そういうときは、まず、相手の愛する者を殺し、次に相手を殺す」

嘉信はそう言って、次に、魏博(ウェイボー/現在の河北南部、山東北部)の節度使・田季安(ティエン・ジィアン/以後、季安)の暗殺を命じるのだ。

カラーに変換される「黒衣の刺客」の物語は、ここから開かれる。

長い修行が終わった隠娘(インニャン)は、嘉信に導かれ、魏博にある豊かな生家に帰還し、両親との再会を果たす。

そこで語られたのは、唐王朝に嫁ぎ、季安の養母の嘉誠公主(ジャーチャンこうしゅ/公主とは皇帝の娘)の仲立ちによって、隠娘と季安(ジィアン)が婚約していたという事実。

因みに、隠娘を嘉信に預けたのは、嘉信と双子の姉妹の関係にある、この嘉誠公主である。

隠娘に、身の危険が迫っていると察知したからである。

ともあれ、隠娘と季安の婚約は、「魏博と朝廷の平和」、即ち、地方権力を占有している節度使と、唐の中央政府との和解のための政略結婚を目途にしたものだった。

「玉玦」(イメージ画像)
その婚約の証として、「玉玦」(ぎょっけつ/全体が円形で、真ん中に丸い穴がある、儀礼に用いられた装飾品)の半分ずつが、隠娘と季安に託されるに至るが、しかし、先帝の死後、季安の田家が元家と同盟を結ぶために、隠娘の聶(ニエ)家を裏切ったことによって、二人の結婚は破談になったという経緯があった。

今更のように、その話を母・聶田氏(ニエ・テェンシ)から聞かされ、嗚咽する隠娘。

既にこの時点で、母から贈られた華やかな衣装に馴染めず、隠娘は暗殺者の記号である黒衣に着替えていた。

かくて、季安の暗殺を遂行するために、季安の豪奢な邸内に潜入するが、またしても、暗殺は頓挫する。

季安の側室・瑚姫(フージィ)と愛し合っている目の前に現れ、格闘になるが、相手に致命傷を与えることなく去っていくのだ。

敢えて、「玉玦」を置いていったことで、黒衣の相手が隠娘であることを確信する季安。

「隠娘を犠牲にした」

瑚姫に語る季安の言葉である。

季安瑚姫
それを、薄衣の陰で聞く隠娘。

映画のテーマを深く印象づける、悲哀を極めるシーンである。

魏博の節度使・季安の重臣である父・聶鋒(ニエ・フォン)と母は、娘の隠娘の身を案じる手立てとは言え、道士に預けた行為を悔いるのだ。

主家・季安の暗殺目的で魏博に帰還して来たことで、自分の立場が悪化する事態に不安を覚えるのである。

更に、隠娘の伯父・田興(テェンシン)が、朝廷寄りの行為に季安の怒りを買って、臨清(りんせい/現在の山東省にある大運河に面した交通の要衝)に左遷されることになった。

結局、父・聶鋒(ニエ・フォン)は、田興の臨清への左遷の護衛を、季安から命じられるに至った。

旅に出る一行の後を、元家が送り込んだ刺客たちが追っていく。

正確な情報の映像提示はなかったが、彼らは、元家から嫁いだ季安の正妻・元氏(ユェンシ)の放った刺客であると思われる。

かくて、刺客との斬り合いになり、多くの死者を出す一行。

一行を助ける隠娘も斬り合いになり、暗殺者としての仕事を遂行する。

襲撃で捕えられた際に、傷を負った父を介助する隠娘。

しかし、その隠娘も、女刺客との決闘で、相手の仮面を斬り、斃しながらも、自らも深傷(ふかで)を負ってしまう。

幸いにも、隠娘は鏡磨きの日本青年によって救われるに至る。(国際動乱の中で、唐の律令を参考にした、天皇中心の中央集権国家の体制=「大宝律令」施行直前の701年前後に、国号が「倭国」から「日本」に改称されたと言われる)

不思議な因縁で、この日本青年は、隠娘の父を含む旅の一行を救済したばかりだった。

その際、窮地に陥った日本青年を救ったのが隠娘だったのだ。

後述するが、このエピソードは、日本青年の温かな心に触れることで、政治に翻弄され続ける隠娘の孤独な運命を強調するシーンであること

隠娘日本青年、右は隠娘
かくて、父とのリトリート(隠れ家=辺境の山村の逗留場所と思われる)で、日本青年の治療を受ける隠娘。

「嘉誠様は琴を奏で、青鷺と鏡の話をなさった。青鷺は嘉誠様。朝廷から、独りで魏博に嫁ぎ、孤独な鳥だった」

隠娘が、温かな心を持つ日本青年に吐露した、感情含みの唯一の言語表現である。

その意味は、唐王朝に嫁いでいた、今は亡き嘉誠(ジャーチャン)公主が、琴を弾きながら語った、以下の言葉に対応するもの。

「王が試すと、青鷺は己を見て、悲しげに鳴き、一夜踊り続け、息絶えた」

簡単に言えば、政治に翻弄された嘉誠の苦悩の吐露である。

それは同様に、政治に翻弄され続ける隠娘自身の悲哀とオーバーラップするのだろう。

隠娘の話を真摯に聞く日本青年の素姓は全く映像提示されていないので、言及は避ける。

嘉誠(ジャーチャン)公主
そんな折、季安の妾・瑚姫(フージィ)が廊下で倒れ込み、傷の癒えた隠娘が彼女を救うエピソードが挿入される。

「瑚姫はご懐妊です」

忍び込んだ隠娘と剣を交えた季安に、一言添えて、その場を去っていく隠娘。

瑚姫事件の背景には、既に、瑚姫の懐妊を知っていた季安の正妻・元氏(ユェンシ)が、呪術師を利用して、側室を亡き者にしようとする陰謀が渦巻いていた。

一切を知った季安が、部下に命じて呪術師を殺害する。

政治権力の闘争に疲弊し切った季安の相貌が映し出され、物語は終焉に向かっていく。

そして今、隠娘は自分を凄腕の暗殺者に育てた嘉信(ジャーシン)の元を訪れるのだ。

「季安を殺しても、世継ぎは幼く、魏博の混乱は必定。故に果たせず」

包み隠さず、隠娘は季安の暗殺に頓挫した事実を報告するが、ここでも情愛が絡んでいた。

「剣の道、近親の情、聖人の憂いなし。汝、術は既に成るも、情、未だ断てず」

冒頭での嘉信の言葉が、表現を変えてリピートされる。

何も変わらなかった弟子に襲いかかる師匠。

最初で最後の師弟対決である。

一瞬にして、勝敗は決する。

今や、凄腕の弟子に敵う者など誰もいないのだ。

日本青年のもとに戻って来る隠娘。

走り寄り、嬉々として迎える日本青年。

その日本青年を新羅に送るために、隠娘は新たな旅に出る。

新羅に行く理由は、青年が日本への帰還を意味すると想像できるので、なお、日本に残る妻の元への帰還であると考えられるが、隠娘との関係を含めて、その辺りについても、一切、映像は何も語らない。(8世紀には、新羅との国交関係が悪化し、新羅と日本との関係は緊張が生じていて、新羅との国交は消極化するものの、民間の商人たちの往来は可能だった)(注)

最後まで説明台詞を切り取り、オーバーな感情表現を排除した映像は、魂が震えるようなBGMに使用したラストシーンに結ばれていくのだ。


(注)但し、ホウ・シャオシェン監督インタビューは、以下の通りだが、インタビューの内容が全く映像提示されていないので、私は映像から読み取った印象のみを書いた。

「ヒロインが鏡磨きの青年のところに嫁に行くという設定は唐の小説通りです。私が考えたのは、遣唐使の時代ですから、前年に鋳物師のお父さんが舟に乗れず、転覆した舟に乗って助けられた青年という設定を考えました」




2  「今、ここから」、暗殺者の人生の時間が変換されていく



政治にインボルブされ続けた人生だった。

娘の身を深く案じる両親によって、その身を女道士に預けたが、あろうことか、その女道士が、預かった娘を政敵を斃すための暗殺者に仕立て上げてしまった。

娘の人格総体を防衛するための配慮厚き両親の行為が、暗殺者という名の、痛ましいほどの攻撃的身体に変換させられてしまうのだ。

しかし、彼女は攻撃的身体であったが、一個の殺戮マシーンではなかったのである。

このことは、彼女、即ち、隠娘(インニャン)がテロリストではない事実を示唆している。

ここで私は、テロリストと暗殺者の違いを定義したい。

「政治目的遂行のために、一般大衆の生命や財産を意図的に奪う者」

これが、テロリストである。

狭義な定義だが、「一般大衆の生命や財産を意図的に奪う者」という一点において、テロリストは暗殺者と分れると、私は考える。

「幼子が可愛く、ためらいました」

この隠娘の言葉が、暗殺者としての彼女の人生の基底を成すものであると同時に、彼女がテロリストではない事実を検証すると言っていい。

「そういうときは、まず、相手の愛する者を殺し、次に相手を殺す」

これは、隠娘を暗殺者に仕立て上げた女道士・嘉信(ジャーシン)の言葉である。

この女道士こそ、非情なテロリストである事実を如実に示している。

なぜ、隠娘は非情なテロリストに成り切れなかったのか。

彼女の内側に、深い情愛の感情が生き残されていたからである。

だから、許婚(いいなずけ)との婚姻の破談の話を耳にしたとき、嗚咽を抑えられかったのだ。

父母の養育によって、隠娘の情愛深い自我が作られたこと。

それが全てである。

情愛深い隠娘が、プロのテロリストに化け切れなかったのは、あまりに自明の理であった。

プロのテロリストに化け切れなかった複雑な感情を封印することで、彼女の孤独は決定的に深まっていく。

日本青年
それ故、その事実を知る由もなかったが、愛する妻を持つ温かな心を有す日本青年に接し、癒しに近い感情を味わう。

「青年の背景を描くことによって、インニャンの孤独がさらに深まるだろうと考えたからです」

ホウ・シャオシェン監督の言葉である。

それでも、長期にわたる、プロのテロリストの洗脳すらも無化した隠娘の、その人格の芯の堅固さ。

それは、殆ど「理念系」であると言っていいが、どうやら、その辺りに、本作のメッセージを読むことも可能である。

暗殺者としての負の記号と決別し、全く風景の異なる世界への一歩を踏み出した隠娘。  

それは、情愛深い自我を作ってくれた両親への、せめてもの恩返しだったのか。

そうではあるまい。

何にも増して、政治にインボルブされ続けた人生に、決定的な終止符を打つことができる望外の喜びを、異次元の世界に自己投入し、風景の異なる新たな人生に向かっていく行為の総体なのだ。

その行為に立ち向かう覚悟のうちに、「今、ここから」、彼女の人生の時間が確かに変換されたのである。

―― 稿の最後に、印象深い圧倒的な自然描写の映像提示の意味について考えてみたい。

この映画で特徴的なのは、虫の声、野鳥のさえずり、木々のざわめき、渓流のせせらぎ、見通しが利かないほど濃く立ち込めた霧、そして、山水画のごとく幽玄な風景の広がりが、まるで、一幅の絵画を思わせる佳景と化し、私たちの心を洗い流してしまうような構図の連射だった。

それは、人間が支配している一切の人工的な仕掛けが、歴史的時間の点景でしかないと思わせる何かだった。

人工的な仕掛けを支配している人間を、悠久の自然が支配し、俯瞰(ふかん)しているのだ。

20世紀のフランスの歴史学者・フェルナン・ブローデルは、歴史的時間を「長波」・「中波」・「短波」の三層構造として把握し、それぞれ、「地理的な時間・社会的な時間・個人の時間」として提示した。

そして一切は、緩慢な歴史=悠久の自然=「長期持続」の歴史の周りを回っているだけであると提起したのである。

自然の大きさに比べて、人間がいかに小さい存在であることか。

「変わらぬ自然」の「長期持続」と、激しく変動する人間の「社会的な時間」=「中波」のコントラスト。

だから、この映画では、「長期持続」としての「変わらぬ自然」が、点景でしかない人類史の歴史的時間を余すところなく覆い、呑み込んでいるのだ。

それが、圧倒的な映像美の小宇宙を展開し、印象的に閉じていくラストシーンに収斂されるのである。

私たち人類の歴史を、その根柢において動かし、決定的な作用を及ぼしている構造的な原型の総体 ―― それこそが、「長期持続」としての「変わらぬ自然」であるということなのか。

そんな風にも読み取れる映画でもあった。

(2016年3月)


5 件のコメント:

  1. こんにちは。
    あまりに含蓄のある評論に、もう脱ぐ帽子も毛髪もありません。
    テロリストに関する考察は、今後の世界情勢を考えると、私たちはもっと考えていかなくてはならない事と感じています。

    侯孝賢は「戯夢人生」という映画を覚えています。
    今でも撮影しているのですね。恥ずかしながら知りませんでした。

    映画誕生100年というイベントが多くやられていたので、多分1995年の事だったのではないかと思いますが、山形国際映画祭で侯孝賢監督のトークイベントを聞いた事があります。
    その時、一人の学生らしき男性が、ハンディカメラを持って壇上(といっても普通の教室くらいでしたが)に駆け寄り、「映画100年についてどう思いますか?」と突然侯孝賢にカメラを向けました。
    おそらくいろんな人に突撃インタビューをして作品にしようという魂胆なのだと思いますが、「突然日本語で「映画100年!」って言われても、驚くばかりでどうしようもないよね」というのが、ゼミの先生と参加という、いたって安全地帯から傍観している私たち学生の意見でした。
    あの年は、押井守監督のレクチャーが「パトレイバー2」の上映後にあるというので楽しみにしていましたが、何かの予定が入ってしまったという事で、脚本を担当した伊藤和典さんが急遽行ってくれました。ところがこの人の話しが大変面白く、脚本を書く人って頭が良いんだなーと思った記憶があります。

    話しは逸れますが、昔「ゾンビ」の特別上映会でロメロ版とアルジェント版をオールナイトで上映するという企画がありました。ほとんど同じなのですが、マニアは確かめたいのでしょう。
    その時はロメロが来るのではという期待があったので高校時代の友人を誘い行きましたが、孫が生まれるとかいう話しで来ていませんでした(本当かどうかは分かりませんが)。私たちは「ゾンビと孫とどっちが大切なんじゃい」と笑って帰りました。

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    1. コメントをありがとうございます。
      映画に関する幅広い知識と体験をお持ちなのですね。それが仕事と結びついておられるようで、お話も興味深いです。
      「戯夢人生」は侯孝賢監督作品の中でも好きな作品の一つです。
      ISのテロは,アメリカ共和党政権に最大の責任があります。今となっては、党派の別なくアメリカはその責任を果たす義務があると考えています。無辜の人々を巻き込む無差別テロは絶対に容認するわけにはいきません。

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    2. 返信ありがとうございます。
      幅広い知識かどうかはわかりませんが、いろいろな映画との付き合い方がある中で、私なりのお付き合いの仕方をしてきたとは思っています。
      それは、映画の中身というよりも、それを鑑賞した時の思い出話しを大切にするという付き合い方です。
      もしかしたら、作品の中身にこだわる人から見たら、本当にどうでもいい事なのかもしれませんが、どこで誰と見たとか、こんな面白い事に遭遇したとか、そんな映画との記憶を大切にしています。
      ですので、旅行に行った時には、その土地の映画館に行くようにしています。
      海外も珍しい所で、映画館に入った事がありますので、たくさんの思い出話があります。
      NZには町の人たちが持ち寄った使い古しのソファーを座席にしていた劇場があったり、ハンガリーでは映写機が一つしかないので「フォレストガンプ」を見たら、フィルム掛け替えのための途中休憩が何度もあって長時間になってしまったり、個人的には楽しい思い出ばかりです。
      誰も聞いてくれない事なので、こちらで少しずつでも聞いてやってください。

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    3. 先日「ナイトクローラー」という映画を見ました。
      にわかビデオカメラマンが、報道の世界に潜り込み・・・という話しでしたが、主人公がはじめて雇ったアシスタントに対して「ノーズーム、ノーパンニング」とか、さりげなく撮影前に言っていたのが良かったです。
      映像の基本として、ズーム操作やパン、フレームインやドリーバック、カットバック演出など様々な技法があります。それぞれの技法にはそれぞれに演出効果があります。それらを駆使して感情移入しやすい(カメラマン不在)の映像を撮影する事が高い次元では必要になりますが(ドラマ/ドキュメンタリーを問わず)、多くの場合、そういうカメラマンの演出的操作がうまくいかず、やらなくても良いズームやポジション移動をしてしまい、基本的な部分である客観的な映像ではなくなってしまいます。
      映像に詳しい知識のない人を、ビデオカメラマンにしていくという荒技に挑み続けてきたので、その部分に関しては思い入れがあります。
      先日私が受けたある撮影レクチャーで、「プロカメラマンとアマチュアカメラマンの違いは何だと考えていますか?」という質問がありました。「撮影がうまい事?」「ミスしない事?」「期待に応える事?」「良い機材を持っている事?」など、たくさんの意見がありましたが、その人は「続けられる事」だと言い切りました。
      挙ったのは全て「続ける」ための努力であろう、と。下手だったら依頼されないし、高い機材を買って収益が回収できなければ続けられない。プロで居続けたいと思って仕事に望む事で、プロらしい仕事が結果的に出来るのではないでしょうかという事でした。
      だから何だという話しですが、仕事としてカメラマンを続けていると、どうしても「喜ばれる撮影って何だろうか?」とか、「見やすいカット割りは何秒くらいなんだろうか?」とか、そういった角度から考えるようになります。
      学生の頃は、原一男さんやかわなかのぶひろ先生、河瀬直美さんの作品に感化されたりして、映像を自己表出の媒体という側面から考えていましたが、今は真逆の消費者(お客様)目線からの問いかけばかりです。
      「ナイトクローラー」は、ジェイク・ギレンホールの怪演が絶賛のようですが、私からすれば、この人ってこういう人なんじゃないの?という感じで、何の違和感もありませんでした。演技が上手すぎて、素にしか見えないとしたら、それも損ですね。ですが、撮影の話しと同じで、存在感や努力を感じさせないこともある意味大切なんどろうと思います。

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    4. コメントをありがとうございます。気がつかず、返信が遅れて申し訳ありませんでした。
      「ナイトクローラー」という映画は初めて知りました。マルチェロヤンニさんの視点には、どこまでもプロカメラマンとしての鋭利な問題意識を直截に感じ取ることができます。私には及ばない世界です。私も映画の技法について勉強していますが、それはネットの情報を得て理解するアマチュアのレベルを超えようもありません。だから、とても参考になります。
      私が好きなのは、今日、ブログにあげた「フォックスキャッチャー」のような心理描写で埋め尽くされ、観る者に様々な思考を求めるような作品です。マルチェロヤンニさんは、映画を媒介とする様々な体験を大切にして、まさに、映画と共に歩む人生を送られているのですね。


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