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2013年6月16日日曜日

忘れられた人々(‘50)     ルイス・ブニュエル



<叶わぬ少年の夢と、その残酷な着地点>



1  二人の少年の死に集約される物語



「ニュー ヨーク、パリ、ロンドンのような近代都市は、その富と極貧を裏に隠している。子どもたちは飢えて、学校からも見放され、非行に走りがちになる。改善しようと社会は努めるが、報われるのは限定的である。未来は現在に縛られ、子どもたちの権利が回復するのは先の話だ。近代的大都会メキシコも例外ではない。この映画は事実を見せるため、楽観的には製作されず、問題の解決は、社会の進歩に委ねられている」

 これが、冒頭のキャプション。

 「あなたがメキシコを″暗くしている″と思ったのです。だからこそ恐らく映画の冒頭に″釈明〃を入れなければならなかったのですね。強制されたのですか?

違う。映画が日の目を見られるようにと、私が思いついた考えだった。それは当時のメキシコ映画におけるテーマであることを知っていたので、あの告知を入れることをふと思いついたのだ」(「INTERVIEWルイス・ブニュエル―公開禁止令」トマス・ペレス トレント, ホセ デ・ラ・コリーナ , 岩崎 翻訳 フィルムアート社)

 これは、ルイス・ブニュエル監督のインタビュー本の中の一節。

ルイス・ブニュエル監督
思えば、ルイス・ブニュエル監督は、富豪ド・ノアーユの援助で完成した1930年の「黄金時代」の成功で、ハリウッドに関わりを持つようになり、ドキュメンタリーやスペイン語字幕版を手掛けていたが、47年にメキシコに渡り、数年間の沈黙の後、「忘れられた人々」で全世界に完全復活を知らしめた事実は、知る人ぞ知るところ。

しかし、「忘れられた人々」がメキシコ社会を否定的に描いたことで、当初、多くの抗議が相次いだとも言われる。

 だから、このキャプションの挿入になったという話だが、「映画が日の目を見られるように」に、自らが思いつき、「告知を入れること」で相互了解したのだろう。

 それほどまでにして、この映画を世に送り出したかったという思いが伝わってくるが、同時に、ブニュエル監督の矜持も窺えて興味深い。

 ―― そんな映画の梗概を簡単に要約しておこう。

感化院から脱走したハイボの「帰還」から、物語が開かれていく。

障害者を襲うハイボ(右から二人目)
既に青年の風貌をしているハイボは、かつてのように、メキシコのスラムで呼吸を繋ぐダークサイドに充ちた不良少年たちのリーダーとなって、日銭を稼ぐ盲目の音楽師や、いざり(足が不自由で立てない人)などの障害者を襲ったりして、やりたい放題の「日常性」を「復元」させていく。

このハイボの「帰還」によって惹起した非行の傍若無人さが、物語を根柢から動かしていく。

ハイボの脱走の目的の一つは、自分を密告したと信じるフリアンへのリベンジ。

フリアンに親しいペドロを使嗾(しそう)し、今は真面目に働いているフリアンを、ハイボの容赦ない暴行が炸裂する。

後日、フリアンの死体が発見されたことで、初めて、ハイボとペドロは、その暴行が殺人事件であった事実を知るに至るが、警察からの逃亡の時間を延長させるだけのハイボと切れて、根は真面目でピュアな心を持つペドロは、その夜、悪夢にうなされる。

以降、ペドロの口封じのために、ハイボの恫喝が付きまとい、それでなくとも、母親から全く信頼されていないペドロは孤立し、ひたすら母親の愛情を求めるものの、その母親の告発によって警察の厄介になり、まもなく感化院に入れられる不幸を味わうに至る。

運良く、ペドロの「善良性」を信じる感化院の院長の柔軟な計らいで、感化院を一時(いっとき)解放させ、金銭を持たせて「お使い」を依頼されたペドロは、「善き大人」の存在を認知し、欣喜雀躍(きんきじゃくやく)して、外部世界に出ていく。

ペドロとハイボ
ところが、感化院の近くでペドロを待っていたハイボによって、感化院の院長から渡された金銭を奪われたペドロは、怒り心頭に発して殴り合いの喧嘩をした際に、見知りの人たちの面前で、ハイボのフリアン殺しを告白する。

急いで逃げていくハイボが、ペドロを殺害したのは、その直後だった。

逃げ伸び切れず、ハイボもまた、警察の銃丸に斃れていく。

更に、事件に巻き込まれることを怖れた見知りの者が、ペドロの死体をゴミ処理場に捨て、暗欝極まる物語は閉じていく。

―― 以上、みてきたように、この映画は、二人の少年の死に集約される物語であるとも言える。

一人は、母の顔も知らない不幸な生い立ちで、自分を愛情深く育ててくれる大人の介在がないために、恐らく、予約されたかのような非行の道に踏み込んでいって、次々に重ねる犯罪の累加の果てに、最後は警察官に追われ、射殺されるという短い人生を閉じる少年。

ハイボである。

そのハイボが死に際に聞こえてきたのは、「幻想の母」の柔和な言葉。   

 
ハイボの死
「やられたな、ハイボ。眉間に命中している。気をつけろ。皮膚病の犬だ。向かって来たぞ。嫌だ、止めてくれ。暗い穴に落ちていく。独りで・・・独りきりで・・・いつだって独りよ。何も考えず、お眠り、坊や」

好き放題な人生を繋いできた果ての凄惨な終焉が物語るのは、まさに、生まれたときから「予約された不幸」の帰結点であったのか。

以下、ブニュエル監督の言葉。

「エル・ハイボはこんな恰好をして(とブニュエルはゆっくりと頭を傾ける)、彼が死ぬ瞬間、イメージは〃凍結する″。そんな″幻影″ のようなものがそこにあるに違いないと感じたのだ。何故母親のことを思い出したのだろうか?わからない。そんなふうに私は感じたのだ」(同掲書)

 理屈ではなく、直感を大切にする、如何にもアーティストの面目躍如たる異端作家言葉である。

「エル・ハイボは全面的に悪者ではない。私の映画では、極悪人もいないし、まったく善人もいない」(同掲書)

ルイス・ブニュエル監督
これも、ルイス・ブニュエル監督の言葉。

もう一人の少年ペドロは、母を求めても怠け者扱いで、その愛情を被浴できずに、弟妹のいる狭い自宅内に、自分の居場所を見つけられないでいた。

以下、本作で最も重要な役割を演じるペドロについて言及したい。



2  叶わぬ少年の夢と、その残酷な着地点



ペドロが、母を喜ばせるために鍛冶屋に働き出しても、そこで出来したナイフの盗難事件の犯人にされた挙句、母の手で警察に連れて行かれる羽目になったときのこと。

以下、そのときの判事との会話

「育て方に問題があるのかも知れません。足りない愛情を外に求めるのかも」
「私が一日中働いて、食べていけるのです」
「息子が嫌いですか?」
「父親も分らない子を愛せると思いますか?」

信じ難い反応をする母親の言葉の中に、13歳のときに産んだ、長男ペドロとの愛情関係の欠損を検証することが可能だろう。

判事の督促によって、一時的に拘留されているペドロと面会する母。

しかし、濡れ衣を着せられたばかりか、母親に泥棒扱いされたペドロには、今や、母子関係が修復できないほど自壊したという思いが張り付いていた。

「息子」と呼びかける母。

ペドロの強い抵抗感を感受した母は、態度を柔和にした。

「息子?家に帰るなり、ここに入れて置きながら、憐れみなどかけるな。母さんが悪い」

ペドロは繰り返し、ナイフを盗んだのは自分ではないことを強く訴えた。

この訴えを、初めて受容したと思しき母の態度が急速に軟化する。

諦念の中で、静かに、「特化されたスポット」を離れていく母の後ろ姿を、追っていく少年。

この母の軟化の内実は、単に、「非日常」の〈状況〉が生んだ感情の、一過的な昂揚感の小さな空騒ぎを表現したのかも知れないが、母を求める少年の心情には変化がなかった。

しかし、この変化は継続力を持ち得ない。

なぜなら、ペドロ少年は、最後まで「不幸」という記号を背負わされたまま、昇天していくからである。

ペドロを昇天させた張本人は、ハイボだった。

ペドロ(右)とハイボ

まもなく更生施設に入れられたペドロが、少年を信じる所長の思いやりで、一時的に「お使い」という名義で外出を許されたにも拘らず、ペドロを待ち受けていたハイボによって、所長から預かった金銭を奪われた怒りで大喧嘩になった末に、ハイボがフリアン殺しの犯人であることを公衆の面前で指摘したのである。

ペドロがハイボに殺されたのは、その直後だった。


結局、この物語は、感化院から脱走したハイボの帰還によって、非行化しつつあった自分の日常性が翻弄され、支配されていくペドロの「不幸」を極限的に描いた話なのである。

事件・左からハイボ、フリアン、ペドロ
事件が発覚した夜、ペドロは夢を見た。

鶏の泣き声で起きてきたペドロは、その鶏を捕捉しようと、ベッドの下を見たら、ハイボの死体があった。

まもなく、母も起きてきて、ペドロに問いかける。

「良い子だったお前が、なぜ、あんなことを?」

柔和な表情の母に、ペドロも答えた。

「ボクじゃない。ハイボがやったんだ。母さんと一緒にいたい」
「私は疲れているの。この手は、洗濯で荒れ放題」

そう言って、母は、自分の両手をペドロに見せた。

「キスしてよ。良い子になるから。仕事を見つけて、楽にしてあげる」

 「そうね」と言って、母は、ペドロにキスし、抱擁した。

 自分のベッドに戻ろうとする母の後方から、ペドロは言葉を投げ入れる。

 「あの夜、なぜ、肉をくれなかったの?」

 その直後の映像は、肉を持って、ペドロに近づく母。

しかし、母から受け取った肉を奪うハイボの手が伸びてきて、争う二人。

その瞬間、雷光が鳴り響き、うなされて目覚めるペドロ。

それだけだった。

しかし、このペドロの「悪夢」には、事件に巻き込まれて苦悩する少年が、母に救いを求める必死の思いが伝わってきて、あまりに痛々しかった。

「確かに。夢とは、たとえそれが陰蔽されたり、違う方法で表わされているとしても、目が覚めている時に私たちが印象を受けている諸々の要素を凝縮しているものなのだ」(同掲書)

夢のメカニズムについて、いまなお不明確な部分が多いため、依然として重大な研究テーマになっている現実は変わらないが、このルイス・ブニュエル監督の指摘は一般的に受容されている仮説と言っていい。

然るに、ブニュエル監督の言葉を援用するまでもなく、自我がコントロールできない夢の世界の中で、ペドロが見た「悪夢」こそ、物語を狭義に解釈すれば、本作のエッセンスを凝縮する何かであると思われる。

「叶わぬ少年の夢と、その残酷な着地点」

これが、本作に対する私の批評のエッセンスである。

だから、この言葉が、本作の批評の副題になった。

主体意識における内部環境をどれほど変えていこうとも、少年を囲繞し、侵蝕する外部環境が変わらない限り、少年は「残酷な着地点」をトレースしていく以外になかったのである。

ハイボとペドロの母
ハイボという厄介な外部環境の、決して簡単に処理できない一つの因子が取り除かれたとしても、その環境を改善し得ない社会的条件がなお延長されてしまったら、少年には、「ここは刑務所ではない」と言い切るような、最も信頼できる大人として仮構された、感化院の院長の「善意」との邂逅の偶然性のみに委ねられてしまう以外にないだろう。

この由々しき現実こそ、まさに、少年の人生が、「運・不運」の問題に収斂されていく「不幸」を検証するのである。

ペドロ少年は、本作の中で、最も「不運」を背負った存在として描かれていたからだ。  



ペドロ
ブニュエル監督のイメージの中に、本作を「ペドロの物語」という把握がどこまであったか不分明であるが、少なくとも、厳しい映画を鋭利に突き付けられた観客には、そのようなイメージで解釈する黙契が成立していたはずである。


なぜなら、ペドロの意識の振れ方や、それを推進力にする行動総体、人間関係の様態が、一貫して映像提示されてきたことを無視する訳にはいかないのである。

その中で、少年は、彼なりに必死に動いていく。


母の暖かい抱擁を求めるためである。

ペドロ
ほんのいっとき、その瞬間が訪れたが、残念ながら、母と息子の関係が最近接するカットをピークアウトにした少年は、無残な着地点に流れこんでいったからである。

少年の「不幸」が極まった瞬間だった。

然るに、そこもまた、いつものように、ルイス・ブニュエル監督の映像は苛酷である。

少年の遺体を見知りの者たちによって運ばれ、ゴミ置き場に遺棄されていくというラストカットを提示したからである。



3  誰もが「忘れられた人々」として情報的に処理されていく残酷さ



尺の短い映像の中に、容赦ない映像を繋いできた本篇を通して、ルイス・ブニュエル監督は、最後まで、「問題提起者」のポジションに居座ったまま動かなかった。

何某かの解決方法をも提示することなく閉じることで、観る者に異様なインパクトを置き去りにし、「問題意識の共有」を迫る者の如く反転させたのである。

シュールな画像もまた、現実と同義であるという把握を捨てなければ、本篇は、リアリズムの極点を描き切った一篇と言っていい。

それは、ありのままの現実を映し出しただけのイタリアン・ネオレアリズモとも切れ、或いは、フランス・ヌーベルバーグの連中から扱き下ろされた「詩的リアリズム」とも切れて、他のどの作品とも等価交換不能な映像を構築し切ったのである。

 インタビュアーの発問に対して、ブニュエル監督はきっぱりと言い切った。

 ルイス・ブニュエル監督
「私は長い間、注目を引くような事は何もしていなかった。そうだろう? しかし、不完全なところがいくつかあっても、『忘れられた人々』は何物かなのだ。何かがそこに脈打っている。映画は生きているのだ」(同掲書)

「忘れられた人々」は何物かなのだ。

何かが、そこに脈打っているのである。

その「何か」とは、それがたとえ、外部環境の圧倒的な力学に右往左往されつつ、自らが置かれた苛酷な〈状況〉の中で、必死に動いて斃れていったペドロ少年のように、「残酷な着地点」に流れ込み、一日経てば「忘れられた人々」と化していく究極の「不幸」という、人間社会の紛れもない現実の一端を、一度観たら決して忘れないフィルムに焼き付けた行為それ自身である。

その稀有なフィルムの中で、底辺で生きる人々の貧困、飢え、使役、無教養、愛情の欠如などが複層的に絡み合い、自己防衛的な浅知恵の連鎖を、まるで一篇のドキュメンタリーさえも超える強度をもって描き切ったこと ―― そこに、この映画が「何物か」であることの根拠がある。

盲目の音楽師
ごく普通の幸福感覚で日常性を繋いでいる人々が、息抜きで映画を観るとき、最も相応しくない作品があるとすれば、本作が留めを刺すであろう。

このような〈状況〉に置かれたら、このような人生の振れ方をするであろうという説得力を持って、全く救いようのない物語を、そこに一欠片の感傷を挟むことなく描き切った映画は、比類がないほど酷薄のリアリティを映し出していた。

この物語で切り取られた数々の不幸なエピソードは、そこに少しでも関与する人々の日常性にさざ波を立てていくが、しかし、明日のパンを求めて日常性を繋く人々にとって、そこで累加された不幸は、一日経てば簡単に忘れられていく何かでしかないだろう。

まさに、こうして、誰もが「忘れられた人々」として情報的に処理されていく残酷さ ―― それが、この映画の全てかも知れない。

(2013年6月)

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