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2014年7月15日火曜日

もらとりあむタマ子(‘13)     山下敦弘


<山下ワールドへの「原点回帰」のミニマリズムの逸品



1  山下ワールドへの「原点回帰」のミニマリズムの逸品



少し古いが、「大学解体」をスローガンにした全共闘時代を描いた、ユーモアの欠片も拾えない「マイ・バック・ページ」(2011製作)の映像化には、正直、驚かされたが、一貫して、「綺麗事」、「情緒過多」、「説明過多」といった「日本映画病」に罹患していない山下映画の新作は、山下ワールドへの「原点回帰」のミニマリズムの逸品だった。

大阪芸大からの盟友・向井康介とタッグを組んで、毒素満点の稀代の傑作・「松ヶ根乱射事件」(2006製作)以来のオリジナルを作ることで、自分たちの立ち位置を確認し得るということなのか。

「休眠打破」という、勇ましいイメージではない。

長きにわたる低温に耐え切った花芽が、気温上昇と共に休眠から覚め、成長した花芽を一気に開いていく。

少なくとも、タイトルロールにもなったタマ子のイメージは、この「休眠打破」という、新たな季節に向かって自己表現していく「植物革命」のそれではない。

地中で冬ごもりしていた虫が、「光と気温の春」に誘(いざわ)われて、地表に這い出 てくるという、啓蟄(けいちつ)のイメージこそ相応しい。

それが、「もらとりあむタマ子」のヒロインの、甲府の夏での「立ち上げ」の予感に関わるイメージだった。

いつものように、取り上げる価値もない技巧的小細工を弄(ろう)さず、充分過ぎるほどの「間」を取りながら切り取られたカットの多くに無駄がなく、それぞれが独立系の「絵」になって、シンプルに絡み合う集合的様態が醸し出す可笑しさは、殆ど代替不能な、際立って個性的な映像に結ばれていた。



2  父と娘の、隠し込まれたモラトリアムの風景の軟着点



「ダメだ、日本」

テレビのニュースを見ながら、仏頂面で食事するタマ子の分ったような愚痴に、父の善次が、堪えてきた感情を吐き出していく。 

「お前、どこか体、悪いのか?」
「別に・・・」
「少しは就職活動してるのか」

反応しない娘に、苛立ちを隠せない父の情動が炸裂する。

「お前、何で大学行かせたと思ってんだよ!卒業しても、なーんにもしないで、喰って寝て、漫画読んで。日本がダメなんじゃなくて、お前がダメなんだよ!」

ここまで言われて、タマ子の表情が変わった。

最も気にすることを言われたからである。

「そのときがきたら、動くよ、私だって!」
「いつだよ!いつなんだよ!」

炸裂し合う父と娘。

「間」ができる。

「少なくとも・・・今ではない」

彼女なりに、語尾に込めた反発の感情で自己主張する意思を結んでいく。

睨みつけるだけの父の表情には、やり場のない気持ちが置き去りにされた者の、不随意的な震えが走っている。

父と娘の炸裂があって、晩秋の風景は最も厳しい季節にリレーされていく。

彼らの日常性には特段の変化は見られないが、人間関係の出入りが、タマ子のモラトリアムに微風を当てていく。

「私もどっか行こうかなぁ」

離婚した母が、会社の慰安旅行でバリ島に行くという情報を得たときの、タマ子の反応である。

結婚した姉の帰省で、その年のいつもの季節は、呆気なくを閉じていく。

美容院で、髪を切るタマ子。

季節は陽春になっている。

履歴書を書いているタマ子。
  
「ね、服買いたいんだけど」と娘。
「なんな?」と父。
「ちゃんとしたやつ。・・・面接用」
「うん…いいよ」

それだけだったが、父の心は、誰かに言わざるを得ないほど高まっていた。

「ようやく、その時が来たかな」

期待含みで、知り合いの僧侶に洩らす父。

「あんた、これ、絶対誰にも言っちゃダメだからね」

買ったばかりの服を着て、帰郷のとき以来、親しくなった写真館の息子・中学生の仁に写真を撮ってもらうタマ子。

タマ子の就活が開かれたのである。

経験則がそうさせるのか、他言無用という辺りに、「就活敗者」を恐れる心理が垣間見える。

他人の目を気にして、写真館を後にするタマ子の自我には、不透明な未来が不履行に終わる不安感が張り付いているようなのだ。

「就活敗者」の負荷意識に関わる世代間ギャップのバリアがあって、この心理が読めない父との衝突は不可避だった。

「幾らしたの?ね、返して来て。いらない。返して来て」

娘の未来を、ポジティブに予約する父が買って来た高級時計のことだ。

「就活敗者」を恐れる心理が、それに関わるエピソードの中で、情動炸裂に結ばれた季節だった。

芸能界入りを目指したと思われるタマ子の秘密が露見しても、存分に慰撫する父。

そういう「完全受容の抱擁力」こそ、タマ子の自立走行の障壁であることを、彼女自身が最も鋭敏に感受しているから、心地良い訳がない

そんな心地悪さの残像の中で、この年の春が閉じていく。

甲府の夏は暑い。

タマ子が父の縁談話を知ったのは、夏の暑い盛りの父の兄の家だった。

「タマちゃんだってなぁ。ずっと実家にいる訳じゃないんだし」と義父。
「そうよぉ。善ちゃんにちゃんとした人できたら、タマちゃんだって、安心しておウチ出ていけるじゃない」

叔母のよし子のフォローは、タマ子のモラトリアムに小さいが、しかし確かな風穴を開けていく。

「どんな人?」とタマ子。
「別に。いいよ、そんなお前」と父。
「まぁ、父さんがって言うより、向こうが父さんを良いって言う訳ないんだから・・・」

 その帰路での、アクセサリー教室の先生との父の縁談話が気になるタマ子と、父との短い会話だった。

娘と叔母のよし子・冬
最後の物言いの中に、父の縁談話の動向が、自らのモラトリアムの様態を浮き彫りにしていくリアリティを、彼女なりに受け止め、小さな防衛機制を張っているのである。

 タマ子が動く。

 自らのモラトリアムのリアリティに直結する、父の縁談話の相手を確認するために動いていく。

 唯一、会話相手の中学生の仁を使って、アクセサリー教室に行かせ、先生の曜子の「下調べ」をさせる。

美人であるかどうか、それが最も肝心な点だったが、自分で確かめることで、その「不安な予感」が的中したのである

 「一番ダメなのは、私に家出てっけて言えないところですよ。23にもなって無職で、毎日、家でゴロゴロしてるんですよ。私みたいな娘ヤバイでしょ。なのに、ちゃんとしろって、面と向かって言えないんですよ。最近、全然言わないんですよ。父親として失格なんです」

 美人の先生と視線を合わせることなく、アクセサリーを作る手を見ながら、ボソボソ話すタマ子。

 そのタマ子の話を、笑み含みで聞く曜子。

 この話を、「タマ子との共存に満足する父」というイメージで曜子が読み取ったことに、不本意な反応を示すタマ子がそこにいた。

 それは、複雑な思いの中で、タマ子が葛藤している心理を示すものだった。

 
曜子タマ子
その直後の映像は、東京在住の別れた母にケータイをかけるシーン。

 「まずいよ、父さん。恋人できちゃうよ、これ。再婚ありますよ、大いに」

 当然ながら、離婚した母からの反応は、自分には関係ないというもの。

 要するに、タマ子自身が追い詰められているのだ

 外部条件のざわめきが、彼女の内部条件の変化を促している現象が、そこに表現されていた。

 「タマ子も、自分の生活ちゃんとすんの」
 「うん・・・」
 「タマ子。東京来る?」

 これだけだった。

 その夜の父娘の会話。

 「あの人、いい人だよね。応援してもいいよ」

善次(父)・春
「今更、他人と暮らすなんて嫌だよ、父さん。タマ子、夏が終わったら、この家、出ていけ。就職が決まっても決まらなくても、とにかくウチ出ろ」

 思いがけない父の話に、それを受容する娘の反応には長い「間」があった。

 「合格」

 その一言のみ。

 いい会話である。

 父もまた、どこかで娘との物理的・心理的共存を捨て切れない何かがあったのだ。

 再婚を前提とせずに、この中年男は、「タマ子の父」として共存してきた時間を止揚しようというのである。

 この短い会話の中で、「タマ子の父」のモラトリアムの風景が顕在化する。

タマ子と共に、裸形の自我の奥に隠し込んでいたテーマを、これ以上、先送りにするリスキーな事態に、「タマ子の父」は終止符を打ったのである。

 それ父と娘の、隠し込まれたモラトリアムの風景の軟着点だった。

 翌朝、店を手伝い、洗濯し、それを干すタマ子。

 何かが決定的に動いている。

 その思いを、仁にも告げるタマ子。

 「あたし、夏終わったら、ここ出てるから」
 「どこ、行くの?」
 「あー、まだ決めてないけど。どっか行くでしょ」

 
タマ子仁(ラストシーン)
会話の流れの中で、仁が彼女と別れた理由をタマ子に聞かれて、「自然消滅」という言葉を使ったことに、珍しく笑みを浮かべて、深呼吸しながら、「自然消滅。久々聞いたわ」と洩らすタマ子。

見事なラストカットである

 満足度90パーセントの良い映画だった。



 3  何度でも「居場所」を替えて手に入れる「物語」への、小さくも捨てられない旅



かつて、私たちが村落共同体にその身を預けていた頃は、産まれたとき、既にもう、人生の先が見えていて、その一生のサイクルも見通せてしまったが、特に誰もそれに異議を唱える者はいなかった。

人は皆、それぞれの宿命を甘んじて受け入れていたのである。

周囲が皆そうであるように、自分が負うべき道を歩むことが自然な生き方であると信じた時代があったのだ。

 人々の夢は、その循環的な人生の中で、せめてワクワクするような彩(いろど)りを、ほんの少しそこに添えることで、充分に価値ある何かが存在したのである。

だから、決して人々は、過大な幻想を抱くことなどなかったのだ。

 「人生の先が見える」

 そう言って、嘆く人々がいる。

 

 就活に失敗して、嘆く若者にもいるだろう。

会社説明会の様子(ウィキ)
大袈裟に言えば、髀肉之嘆(ひにくのたん)を託(かこ)つという心境で悶々とするかも知れない。

現代は、「人生の先が見える」現象を過剰に意識する時代であると言っていい。


誰が悪いのでもない。

無論、多くの場合、国民国家の統治機構が悪いのでもない。

少しでも豊かになりたいと願う普通の思いが、限りなく革命的なイノベーションの力学のうちに分娩された、新たな価値の創造が連射されていく時代の氾濫に収斂されていっただけである。

人間の欲望の自己運動の凄みが、そこにある。

何もなかったら動く必要もなかったのに、新たな価値の創造を本当に具現してしまったら、人々は動き初めてしまうのだ。

人間とは、そういう性(さが)を有する存在体なのである。

そのスリリングな人間の欲望の自己運動の中で、あっという間に風景が変容する。

循環的な人生の中で、せめてワクワクするような彩(いろど)りを、ほんの少しそこに添えることで充足できた時代が壊れ、いつしか、多くの若者を、無茶な夢への具現に駆り立て、無理な努力に追い込んでしまう現象も出来するだろう

然るに、ここで勘考したい。

こんな時代の氾濫の渦中でも、いや、こんな時代の氾濫の渦中だからこそ、自分の身の丈に合った「物語のサイズ」を大事にしたいのである。

「人生の先が見える」

そう言って、嘆く必要などないではないか。

思うに、「人生の先が見える」とは、自分が負うべき環境の中で、せめて自分の能力を駆使して開く人生を通して、当然引き受けるしかない、自分の未来の確からしいイメージと出会ったということではないのか。

 一体、そこに何の不都合があると言うのか。

 無茶な理想への、無茶な努力を払拭し去ったリアリズムを引き受けることが、どうして味気ない、つまらない人生などと言えるのか。

そういう発想自体が、過剰な消費文化に搦(から)め捕られた人々の「幸福競争」の感覚であるという外はない。

この時代の氾濫の渦中にあって、人々は、周囲が皆そうであるように、自分もまた、時速500キロの「夢の列車」に乗り遅れたくないのである。

 自分一人だけが、徒歩でテクテク動いていく惨めさだけは、まかり間違っても味わいたくないのだ。

他者の視線を必要以上に意識し、他者と比べながら生きていくしかない、「滑稽なる不合理」と切れないのである。

しかし、「夢の列車」への誘(いざな)いに呑み込まれず、其処彼処(そこかしこ)で自分の体温で呼吸を繋いでいる人々も存在するだろう。

人は、過分な夢などなくても、充分生きていけるのだ。

物語における、タマ子の「モラトリアム」の時間が、「充電期間」というイメージと乖離する印象があったとしても、彼女なりの「定着・移動感覚」の中で、一時(いっとき)、生家で居座って、自我を裸にしているだけではないのか。

一生、働かずに生きていこうなどと考えている訳がないのだ。

一見、その精神年齢の低さ故に、「社会」で揉まれ抜いて、否応なく鍛えられるアクチュアル・リアリティを回避できないかも知れないが、「社会」からの「就活敗者」に対する激励を受けることなく、自分の「物語のサイズ」に見合った、適応可能な「居場所」を見つけるまでの行程は、当然引き受けるしかない、己が未来の確からしいイメージと出会うための、無茶な努力を払拭し去ったリアリズムの不可避な風景ではないのか。

暗い森に沈んでいく囚われ感と切れて、存分に、「人生の先が見える」被写界深度の安堵感も悪くはない。

人と比べながら生きていく、「滑稽なる不合理」を脱色させたリアリズムも悪くはないのだ。

「少なくとも、今ではない」

その言葉を放っただけの熱量の報酬は、己が未来の確からしいイメージと出会うことでのみ返報されるだろう

ただ、これだけは言える。

基本的に、「能力」以外の差別を克服して構築された民主社会にあっては、「就活敗者」に対する激励を受けることのないリアリズムの冷厳さにおいて、不完全ながらも、ほぼ徹底しているということ。

これを忘れてはならない。

思えば、ここ20年間にも満たないインターネットの超加速的な普及によって、不特定多数の他者への自在で直接的な発信が可能になったことで、そこに無自覚に乗り入れていく者が、信じ難いほど簡便に、「特定的な何者か」に変容し得る行程が開かれるに至った。

 しかし本来、何者でもない者が「特定的な何者か」に化けたとしても、その「特定的な何者か」を演じ続けることの難しさだけは未知の領域だったはずだ。



「特定的な何者か」に化けようとして、自己顕示することにエネルギーを注入しても、実は、貴方が考えているほど、誰も貴方のことに関心を寄せていないという峻厳な現実を知ってしまったら、そのとき貴方は、その現実に耐えられるか。

耐えられると言い切れる人は、自己を相対化し、客観視できているから、自己顕示という快楽を好きなように出し入れして、適度に自己完結していればいいのだろう。

然るに、耐えられると言い切る言辞にすらも、虚栄の心理が潜り込んでいる人には、自己顕示という快楽の連鎖をコントロールし、自己膨張しないように、適度に自己完結ていくスキルを駆使するのは難しいに違いない。

膨張する一方の自己顕示という快楽の収束点である、「特定的な何者か」に化けようとする行為それ自身を止めろということを、誰も言えないし、言うべきものでもない。

だから、誰も貴方のことに関心を寄せていないという峻厳な現実を否定し切って、幻想の森で、自己を転がしていくゲームを楽しめばいいし、それ以上は、個人の趣味の問題に過ぎないのである。

自己顕示することに費消するエネルギーの膨張を限りなく相対化し、寸止めでき得るか否か。
 
そこに、一切がかかっているように思える。

だからこそ、自分の「物語のサイズ」だけは認知しておくことである

「能力」以外の差別を克服して構築した民主社会で生きるには、その戦略しかないように思えるのだ

全ては、不必要で、無茶なマッチングを防ぐ手立てとなる

「少なくとも、今ではない!」という期間が過ぎて、「今である」という勝負の時期がやってきたら、抱懐する「物語のサイズ」の適応性のみが全てを決めるのだ。

「今の自分は、私ではありません。生きている以上、誰もが何かを演じている。私は誰かになっているときが、一番自然に思えるのです。そんな私に、新しい名前をつけてください」

履歴書に書かれていたタマ子の言葉である。

タマ子もまた、自分の身の丈に合った「物語のサイズ」を探しあぐねている。

それ故にこそ、「何者か」に化けようとすることで楽になろうとするが、しかし、自己顕示という快楽の収束点である、「特定的な何者か」に化けようとする行為にまで彼女の「物語」は膨張していない。

でも、自分の「物語」を探さねばならない。

だから動く。

ほんの少しだが、その行為を捨ててはならないという思いが推進力になって動いていく。

自信がないから、誰にも知られないように動くのだ。

それでもいいのだ。

それが、彼女の「青春」の裸形の様態だからである。

思うに、「就活敗者」に「堕ちる」事態へのタマ子の心象風景が、膨張する一方の自己顕示という快楽のイメージと切れていたことを思えば、別段、彼女が「特定的な何者か」に化けようとする焦燥感に駆られた、偏頗(へんぱ)で窮屈な時間に呪縛されていなかったであろう。 

だから、言いたいのだ。

タマ子、好きに生きてやれ。

タマ子自身が抱懐するだろう、その「物語のサイズ」の支配域のラインの攻防の中で、存分に生きてやれ。

タマ子の固有の〈生〉を生きてやれ。

湿潤性を失って、その時間の継続に違和感を感じたら、何度でも「居場所」を替えていけばいいのだ。

何度でも「居場所」を替えて手に入れる「物語」への、小さくも捨てられない旅。

それでいいではないか。


【拙稿 心の風景「物語のサイズ」より抜粋・加筆】



(2014年7月)




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