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2017年11月17日金曜日

葛城事件(’16)  赤堀雅秋


葛城清
<歪に膨張した「近親憎悪」の復元不能の炸裂点>



1  家族の漂動の中枢に、「ディスコミュニケーション」の発動点になっている男が居座っていた





その夜の侍」より
その夜の侍」に次いで、またしても、赤堀雅秋監督は凄い傑作を世に問うてくれた。

心が震えるような感動で打ちのめされ、言葉も出ない。

5人の俳優の完璧な演技力。

松ヶ根乱射事件」での三浦友和と新井浩文
就中(なかんずく)、「台風クラブ」以来、ずっと注目していた(「松ヶ根乱射事件」は最高だった)俳優・三浦友和の圧巻の演技に脱帽する。

邦画界が誇る素晴らしい俳優である。

新井浩文はいつもいい。

嫌味な役柄を演じ切った田中麗奈の感情表現力も出色だった。

若葉竜也は文句なし。

―― 以下、批評したい。

「家族崩壊」を描く、この映画の家族の関係構造を端的に映し出したシークエンスがある。

映画の中で、このシークエンスほど当該家族の実質的破綻が表現された描写がないので、以下、この辺りから言及していく。

―― 2人目を妊娠している長男・保夫婦の結婚記念日に、保の義父母も招待し、20年通う馴染みの中華レストランで、映画の主人公・葛城清が、ウェイターに味の文句を執拗に垂れるシーンがある。

「前はこんなに辛くなかったぞ、麻婆豆腐。いつ味を変えたのか知らないけど、こんだけ辛いんなら事前に説明しないと。日本人、バカにしてるんじゃないか!」

右から清、保夫婦
恐らく、いつもこのような調子なのだろうと思わせる、モンスタークレーマーと化した葛城清の傲岸不遜(ごうがんふそん)の態度が暴れ捲っていた。

そして、これも、いつもこんな風に委縮するのだろうと思わせる長男・保の制止に聞く耳を持たず、すっかり会食の場を壊してしまったシーンの中に、周囲の空気をあえて読まず、自分の権威と影響力を誇示したがる男の尊大な性格が集中的に表現されていた。

自分より弱い立場の者には強く出てしまうこの尊大さには、親から受け継いだに過ぎない金物店を営み、新築した庭付き一戸建ての理想の家と家族を持ち、「一国一城の主」として君臨する家父長的性格が張り付いている。

この直後、葛城家のリビングで、保夫婦の子供を預け、留守番を任せられていた清の妻・伸子は、その子供が怪我を負ったことで、清から厳しく詰問(きつもん)される。

「本当にごめんなさい。…許してちょうだい」

言い訳する伸子
「遅いな、救急車」などと言って、保の嫁も夫に不満を炸裂するが、「大袈裟なんだよ、お前は」と、妻に向かって宥(なだ)めるだけの保。

そこに、二階の部屋から降りて来た次男・稔が、無言で冷蔵庫のドリンクを飲み始める。

「ちゃんと説明しろ」

稔を視認した父・清は、妻・伸子を責め立てるのみ。

短気な夫を恐れる伸子は、預かった子供の怪我の原因が、追いかけっこをして、テーブルに頭を打ったからであると、恐々と弁明するのだ。

それを耳にした保は、母が明らかに、稔を庇って嘘をついていると察知する。

それは、父・清にも把握できていたに違いない。

「お前、何か知っているか?」

だから直接、清は稔に事情を訊(き)くが、稔からの反応はない。

その稔は無言のまま、メモに何かを書き出した。

「もういいから、お前、上、上がってろ」

事を荒立てないように常に配慮する保は、そう言って、稔を促す。

「ちゃんと、しゃべって伝えろよ!」

稔を見ることなく、伸子に向かって声高に言い放つ清。

「今、声優、目指してるんだって。だから、喉、大切にしたいみたい」

次男の心情を代弁する伸子の稚拙すぎるこの説明が、かえって、稔庇う本音を曝(さら)け出しているのだ。

この辺りに、「子供の自我を作り、育てる母親」という枢要な役割を担う意識・教養の欠如が、伸子に垣間見えるが、この情報は、他の家族にも共有されていると考えられる。

大体、長男夫婦の結婚記念日に母親が出席することなく、夫婦の幼い子供の子守を任されている現実が示唆するのは、乱雑な二階の部屋で引きこもっている稔に社会的適応力のみならず、留守番すらも満足にできないパーソナルな欠点を露呈するものだった。

そして、その稔が、「おれがなぐった」というメモを、保に投げつけた。

それを読んで驚く保は、周囲に知られぬようにメモを伏せ、「お前、早く仕事見つけな」と稔に言って、話を逸(そ)らすのだ。

「そのガキ、お前の目とそっくり。人のこと見下してんじゃねーよ!」

保に放たれた稔の絶叫である。

これは、「近親憎悪」(性格の似通った者たちが憎み合うこと)によって、捩(ねじ)れ切って育てられてきた兄弟の関係構造の歪みが、今や、復元できないほどに常態化している現実が露わにされる典型的シーンだった。

人間は自分の内部になく、自分が憧憬する能力的・人格的価値を特定他者に見出す時、その者との親和性が強化されるが、逆に言えば、人間は自分の内部にあり、自分が嫌悪する能力的・人格的価値を特定他者に見出す時、その者との「近親憎悪」が強化されてしまうのである。

若き夫婦の祝宴のシーン
これは、庭付き一戸建ての家を手に入れた若き夫婦の祝宴のシーンの挿入の中に、幼い兄弟への父母の関係構造の歪みとしてシンプルに映像提示されていた。

そこでは、前者の「親和動機」(特定他者との友好的関係を維持したいという欲求)によって、父が保に過度の期待をかけ、稔に何の期待をもかけない父の代わりに、母が稔に過剰な愛情を注ぐシーンが印象的に描き出されていた。

因みに、「死刑制度反対派」の立場で、稔と獄中結婚する星野順子に、いみじくも、葛城清が吐露した言葉がある。

稔と獄中結婚する星野順子
「よく二人に勉強を教えてやった。お兄ちゃんはよくできた子で、俺がいいって言うまで、漢字の書き取りだって、何時間だってずっと続けたよ。…ところが、弟の稔はすぐにさぼる。こっちが目、放したら、すぐに机から離れて、一人でへらへら遊んでやがる。我慢って言葉を、あいつは知らない。同じ兄弟で、同じ屋根の下で育って、こうも違うのかなと、愕然としたよ。俺は、やるべきことはやってきたんだ」

これらの映像提示、二人の息子たちへの葛城清の期待と失望が、既に、兄弟の幼児期のうちに感情形成されていた経緯を検証するものである。

兄への稔の剥(む)き出しの敵意・忌避感が、相当に根深い感情であった事実を、これらのエピソードは憚(はばか)ることなく映し出している。

―― ここで、保夫婦の子供の怪我のシークエンスに時系列を戻す。


左から稔、伸子、清、保
一切の事情を察知した清が、妻・伸子の頬を思い切り叩いたのは、兄に対する稔の絶叫の直後だった。

「何、やってるんだよ、お前は!稔に甘すぎるんだよ。だから、こういうことになるんじゃねぇか!」

一頻(ひとしき)り、怒鳴り散らした清は、リビングから消える。

常に見栄を張り、見たくない対象からは視線を外す。

だから大抵、恐怖突入を回避する。

そのリビングから近所の出火を目撃し、通報しようとしたら稔が帰宅し、次男を疑いながらも、最後は見て見ぬ振りで、自己防衛に走る清。

自分の権威と影響力を誇示する男の、その因果な性分に隠し込まれている人間的脆弱さ ―― これが的確な描写によって集中的に表現されていた。

詰まる所、「他人事とは言えない」というレビューが多かったことでも分るが、「葛城家」という、未だ、その社会的な適応度において致命的逸脱に振れず、よくある普通のサイズの家族の範疇のように仮構されながらも、この家族が文字通り完全崩壊に流れていくには、もっと質の異なる別のステップが描かれる必要があるだろう。

葛城家
ここでは、この問題意識をもって批評したい。

以上、このシークエンスは、「葛城家」が抱え込んだ歪んだ関係構造の本質を、自分に都合が悪いことは絶対に認めない葛城清の、一筋縄でいかない喰えなさのうちに照射されたと言っていい。

それ故にこそと言うべきか、このシークエンスは、これで終焉しない。

まだ、やり切れない続きがあるのだ。

もっと質の異なる、別のステップが伏線化されていくからである。

―― エピソードを続ける。

「ごめんね、保…ごめんね、保」

今や、救急車を待侘(まちわ)びるだけの、保の妻が入り込む余地のないこの異様な空気の渦中で、一人だけ引っ叩かれた母・伸子の気弱な声だけが捨てられていた。

この伸子の言葉が内包する意味は、酷薄さに満ちている。

「一国一城の主」になる期待を一身に背負わされかれた保
父から「一国一城の主」になる期待を一身に背負わされ、身の丈を超えたプレッシャーをかけられ続け、「我慢って言葉を、あいつは知らない」と見下された弟から、「人のこと見下してんじゃねーよ!」と叫ばれる歪(いびつ)な関係構造の中で、葛城家での「近親憎悪」の所産としての「ディスコミュニケーション」(対人コミュニケーションの機能不全)のしわ寄せが、家族というミニ共同体の幻想を一人で守ろうと努める保にのみ、一方的に及んでしまう理不尽さ ―― これは尋常ではなかった。

しかし、保の努力は、「家族崩壊」を必至とする現象の弥縫策(びほうさく)でしかなかった。

尊大な態度を常態化する葛城清の暴力に耐えるだけの母・伸子が持ち得る、稔と家出するいう選択肢すらも失い、リストラされた事情も口に出せない保にとって、残された方略は限定的だったのだ。

リストラされ、誰にも話せないで悩む保
コミュニケーションの苦手な保が営業の仕事を続けるのは、所詮、無理だったのだろう。

皆が皆、相手の心情に届くに足る、有効なコミュニケーションを密にする能力の不備が、もう、復元不能な辺りにまで漂動(ひょうどう)していた。

家族の漂動の中枢に、「ディスコミュニケーション」の発動点になっている葛城清が居座り、男の自己基準の家族像のうちに、腕力を持って、何もかも収斂させずにはいられなかったからである。







2  歪に膨張した「近親憎悪」の復元不能の炸裂点





「私、あなたのこと大嫌い!何で、ここまで来ちゃったんだろ」

顔に叩かれた傷跡を残す伸子が、嗚咽の中で清に吐き出した時、男の自己基準の家族像は実質的に自壊する。

稔を連れて家出した伸子は、狭いアパートを借り、近所のスーパーでパートをして、貧しいながらも、充実した日々を送っていた。

貧しさは、失った共同体を再構築する力を持ち得るのである。

同時に、閉じ込められたような生活を送っている主婦のパート労働が、心身の健康にとって極めて良好であるという研究報告もある。


常に自分を大きく見せながら生きてきた、葛城清という男が仕切っていた、「虚構の城」としての「家族共同体」から解放されただけで心が落ち着き、充分に満たされていた。

物理的距離があっても、昨日まで、共に「家族」を繋いでいた母と子が、今、「最後の晩餐」に何を食べるかなどという、他愛ない会話を交わしているのだ。

しかし、それも束の間だった。

保の連絡によって、葛城清が出現することで、和やかな空気が一変する。

「お前はもうダメだ」

そう言い放つや、稔を蹴り、首を絞める清。

歪(いびつ)に膨張した「近親憎悪」の時間の累加の果てに、一向に腰定まらない稔を冷眼視(れいがんし)し続け、父と子の「ディスコミュニケーション」の状態が極点にまで達した時、男には、もう、こんな衝突にしか流れ込めない不穏な〈状況性〉を作ってしまうのである。

殺気を漲(みなぎ)らせながら、左手に包丁を持った男の狂気が、自分を除くスポットで、和やかな「家族ゲーム」を繋ぐ家族成員への嫉妬を膨張させ、腕力によってのみ、「虚構の城」としての「家族共同体」を延長させる行動に振れるのは、決して変わり得ない、この男の人格総体の剥(む)き出しの発現様態でしかなかった。


ここでも、伸子が嗚咽を結ぶことで、「状況脱出」という、取って置きの選択肢を断念せざるを得なかった。

「別に俺は死んでもよかったんだけど…まだ、生きなきゃいけないのかよ」

父の殺意を感じ取ったの心の搖動が、こんな絶望的言辞に結ばれていく。

父と子の中で惹起した、この不穏な〈状況性〉は、歪に膨張した「近親憎悪」の復元不能の炸裂点だったのだ。

葛城清の、この行動の根柢に澱(よど)む心理は、「一国一城の主」として築いた家族成員の中で、自分の権威と影響力を誇示し、支配を及ぼす対象人格が消失する恐怖感であると言っていい。

それを失ったら、男の孤独が極点にまで行き着いてしまうのである。

多くの場合、適正サイズのコミュニケーションが苦手で、自分を大きく見せる行為をも見透かされてしまうようなタイプの男がそうであるように、葛城清は弱い人間なのだ。

「もう、誰も帰って来ないんだから」

全てを失った男の悲哀
全てを失った男に、一言添えた行きつけのスナックのママの、この言葉は悲哀に満ちていた。

これが、憂戚(ゆうせき)極まるラストシーンに流れていくので、悲壮感が漂動し過ぎていて、観ていて、涙を抑え切れなかった。

「とりあえず、おウチに帰ろう」

清のこの一言で、「近親憎悪」の復元不能の炸裂を顕在化した葛城家内部の「事件」は、「一件落着」する。

自死に振れる保
家族の決定的な亀裂を修復する能力を失い、営業マンを装っている日々に疲弊し切った保が、「申し訳ない」という遺書を残し、マンションから投身自殺した事態の大きさは、この家族の決定的崩壊を約束する何ものでもなかった。

最も喪ってならないものを喪っても、人前で「悲嘆」を見せなかった男は、保の自殺を頑として認めず、どこまでも「事故」と言い張るのだ。

ここでも、自分に都合が悪いことは絶対に認めない男の、変わり得ない脆弱さが際立っている。

保の自殺は、家族の決定的崩壊の、それ以外にない現象だった。

「ごめんね、保」と言い続けてきた母には、長男の苦衷(くちゅう)が理解できていたが、何もできなかった。

保の自殺が契機になって、伸子が精神を病んでいく。

星野順子と伸子
稔の事件後、施設に入所し、そこが伸子の終の棲家(ついのすみか)になっていのか、不分明である

そして、葛城清を奈落の底に突き落とす事件が出来する。

稔が起こした連続殺傷事件 ―― これは、もう失う何ものもない極限状態にまで、葛城清を追い込んでいく。

連続殺傷事件を起こす稔
通販で頼んだナイフを片手に、最寄りの駅構内の地下で、手当たり次第に殺傷を繰り返す稔。

「いつか、一発逆転しますから。悪いけど、それまで温かく見守ってて下さい」

母に吐露した稔の言葉である。

駅構内の地下での事件
「まだ、生きなきゃいけないのかよ」と言い捨てた稔には、死刑を求めて、複数の非特定他者への殺傷行為に走る「間接自殺」という、救いようのない犯罪で暴発する手立てによってしか、「一発逆転」の選択肢が残されていなかったのだ。

その稔と獄中結婚する星野順子の最後の接見の日に、稔はこれまでにない長広舌を振るう

最後の接見の日
「俺そもそも、謝罪するつもりなんて一切ないから。罪を犯したという意識すらないから…そんなに意味が欲しいんならさ、こういうのはどう?10代、20代をろくに努力もせずに、怠けて過ごして生きてきたバカが、30手前になって、人生終わった状態になってることに気づいて発狂して、人生を謳歌する他者に妬み嫉みで自殺の道連れにして、浅墓に暴れた。そういう動機、誰かの聞きかじりだけど。驚くくらい質素で、無気力で、この不遇な人生は、きっと俺ではない誰かのせいで、逆境に立ち向かう心の強さは一ミリもなく、気が付いた言葉を切り貼りして言い訳ばかりで、饒舌に長け、クソみたいな自己顕示欲に溺れたクソみたいな人間です、私は!…これが俺の全てだよ。そういう風に分類しておけよ。そのほうが安心だろ?お宅らも」

死刑の早期執行を求める、最後の接見での稔の叫びだが、これは本音とも、自己を真正面から捉えた自己分析とも考えられる。

しかし、自らが犯した事件それ自身を定式化し、カテゴライズされることへの挑発する含みがあったとも思える。

死刑判決を言い渡され、傍聴席の父に笑みを漏らす稔
結局、誰の責任なのか。

その尖り切って暴発した犯罪の意味は、一体、何なのか。

それを正確に知ることは、本人自身も含め、誰も分りようがないと言いたいのかも知れない。

この辺りについては後述する。

ただ、哀れを極めるのは、理性の際(きわ)のぎりぎりの状況に呪縛され、絶対孤独の裸形の相貌性を露わにする葛城清である。

その清の前に、順子が現れる。

死刑囚・稔の死刑が遂行されたことを報告しに来たのだ。

そんな順子を押し倒し、清は途方もないことを言い出した。

「今度は、俺の家族になってくれねぇか?俺が3人、人を殺したら、お前は、俺と結婚してくれんか?」
「あなた、それでも人間ですか!」

予想だにしない清の暴言に、順子は叫びに結ぶ。

明らかに、この行為は、全てを失った男の孤独の埋め合わせであると言っていい。

蜜柑の木の前で
一人になった男は、「幸福家族」のシンボルであったはずの、自宅の庭に植えてある蜜柑の木にコードを巻きつけ、首吊り自殺を図るが、枝が折れて、あえなく頓挫する。

自殺に頓挫した男は家屋に戻り、誰もいない一軒家のダイニングルームで、冷たくなった残り物の麺を啜り出す。

完璧なラストカットである。





3  この映画の本質は、「近親憎悪」と「ディスコミュニケーション」である





情報を無批判に受容することなく、限りなく客観的に批判的な思考を繋ぐ方法・「クリティカルシンキング」の中に、「滑り坂論法」という思考法がある。


最初の一歩を踏み出せばブレーキが効かなくなるから、最初の一歩を踏み出すべきでないという論法である。

これは、何か一つの問題点が、その後の事態の悪化の全ての原因であるとする誤謬の論法であると言える。

この「滑り坂論法」で本作を読み解くのは困難だが、あえて言えば、この映画の本質は、「近親憎悪」と「ディスコミュニケーション」であると、私は考えている。

「滑り坂論法」の初発点は、家族関係内の「近親憎悪」であった。

映画の中の印象深いエピソードに、家族関係内の「近親憎悪」を典型的シーンがあった。

前述したように、庭付き一戸建ての家を手に入れた若き夫婦の祝宴のシーンがそれである。

「稔ちゃん、赤ちゃんみたい」

「近親憎悪」の初発点
そう言うのは、祝宴に招待された伸子の友人。

幼児にもなって、母・伸子に抱っこされて甘える稔と対照的に、笑みのない保の頭を撫でながら、清は長男の自慢を友人たちに語るのだ。

「今の時代、大学くらい出てないと話にならないからな。こいつは、中々、見どころがあるよ。来年あたり、英語の塾に行かせようと思ってな。後継ぎは俺でお終い。こいつは、そんな柄じゃないよ」

このエピソードは、既に、若き夫婦が二人の子供を儲けた初発点から、父母と兄弟との関係構造の中で、「できのいい長男に、自分にない学力を期待する父」と「何をやっても続かない次男を、一方的に甘やかす母」という、対極的な構図が提示されている。

そして、このエピソードには、胸を打つような続きがある。

「こいつらが、すくすく育すようにって」

そう言って、蜜柑の苗木を植えたことを、清は自慢げに語るのだ。

「俺、この家、出るから」と言って、自立していく保と、それを見る稔

この父の思いを疑うことができないが、兄弟の性格傾向が際立つ思春期頃には、恐らく、「一流大学を目指す兄」と「落ちこぼれの弟」という対照的な関係が形成されていて、兄に対する弟の劣等感が鋭角的に膨張していったに違いない。

この膨張のプロセスに母親の溺愛が媒介されることで、弟の自我の中枢に「歪んだ自己愛」が不必要なまでに増殖されていく。

いつしか、この「歪んだ自己愛」が「落ちこぼれの尖った視線」と化し、兄と父に対する憎悪に変形する。

この憎悪の感情が、積極的な敵意を喚起する。

しかし、この積極的な敵意の着地点が、自己に対する相手の評価の反転を意味しない限り、いつまで経っても、「落ちこぼれの弟」というラベリングから解き放たれることはない。

だから、「落ちこぼれの尖った視線」だけは生き残される。

この致命的な「ディストレス状態」(有効なストレス処理が困難な精神状態)は、「ネガティブな感情の吹き溜まり」と化す。

「ネガティブな感情の吹き溜まり」の本質は、社会的適応力の欠損である。

社会的適応力の欠損の根柢には、母親の溺愛による耐性欠如がある。

社会的適応力の欠損の重要な因子になる、相当に深刻な耐性欠如の自我が、「ディストレス状態」を延長させてしまうのだ。

「ディストレス状態」が延長することで、兄と父に対する敵意が変形し、社会全体に対する「肥大し切った敵意」になる。

早晩、この「肥大し切った敵意」が社会全体への破壊願望になり、何らかの契機さえあれば、それを具現化する行動選択に最近接する。

「一発逆転」を具現する稔
行動選択に最近接した「肥大し切った敵意」は、唯一、破壊願望の具現化で存分な快感を得ていく。

それは、「間接自殺」という名の自爆によってのみ満たされるのだ。

それこそが、「一発逆転」の発想の本体だった。

明らかに、何某かのパーソナリティ障害が顕著に見られる稔は、もう、「反社会性パーソナリティ障害」という、他者の理解を超える「怪奇系」にまで膨らみ切ってしまって、自分の人生それ自身を破壊する。

これが「間接自殺」である。

同時に、「一発逆転」の行動総体が、自分の大きさを父に見せつけることになるのだ。

「やっぱり、死刑にしないでくれ。これじゃ、稔の望むとおりになるだけだ。むしろ、それでも生かして、生きる苦しみを味わしたほうが、奴にとって、一番の罰じゃねえか」


順子に対する父・清の言辞であるが、一片の贖罪意識なき稔の「間接自殺」は、「ネガティブな感情の吹き溜まり」が変形し、社会全体への破壊願望のうちに溶融することで、支配下に置く何者も持ち得なくなる父への反転的な報復であったのだろうか。

―― そしてもう一つ。

この映画の本質を語るのに不可欠なキーワード ―― それは「ディスコミュニケーション」である。

思うに、この映画の家族4人に共通するのは、コミュニケーション能力の不足である。

他の3人は言うに及ばず、セルフコントロール能力が勝ち過ぎるほどに、最も優秀な保ですら、コミュニケーション能力の不足によってリストラの憂き目に遭うのだ。

コミュニケーション能力こそ、社会的適応力の基準になる。

一切は、社会的適応力の多寡(たか)の問題であると言っていい。

「ディスコミュニケーション」の顕著な葛城家
社会的適応力の欠損は自我内部での「ネガティブな感情の吹き溜まり」と化し、それを放置すれば「ディストレス状態」を日常化してしまうのである。

その極点が、「一発逆転」の行動に振れた稔だった。

稔のコミュニケーション能力の致命的な欠損は、幼少期からの母の溺愛と、父との「近親憎悪」の関係構造に淵源(えんげん)する。

前者による過大な「自己愛」被浴と、後者よる差別的な「自己否定」圧力が、稔の自我の安定性を削り取っていたことは相当程度の確率で言えるだろう。

いずれの場合も、適切なコミュニケーションが保持されていたとは思えないのである。

もとより、コミュニケーションとは、会話・文字の「言語コミュニケーション」(バーバルコミュニケーション)に限定されるものではない。

「非言語コミュニケーション」(ノンバーバルコミュニケーション)という、コミュニケーション総体の65%を占有し、会話・文字以外の情報をベースに相手の心情を読み取る
コミュニケーションがある。



音楽・美術らの芸術文化表現に留まらず、身近なところで言えば、身振り・手振りなどのジェスチャー、表情・顔色・沈黙・触れ合い・アイ・コンタクト・目つき、性別・年齢・体格などの身体的特徴、そして、イントネーション・声色などの周辺言語。

更に、空間・時間・色彩などに至るまで、言語以外の様々な手段によって伝えられ、対人コミュニケーションが図られている現実を知れば、「非言語コミュニケーション」の包括力の大きさに驚きを禁じ得ないだろう。

例えば、家族が共有する「空間」の中で、「会話」が弾む食事風景は「食卓」と化し、一つの「食文化」を構成するが、「沈黙」の中での食事風景になれば、「非言語コミュニケーション」の「空間」になり、「食卓不在」の寒々しい風景を印象づけてしまうだろう。

そこに、「非言語コミュニケーション」が内包する、当該家族独特の関係構造の精神的風景が炙(あぶ)り出されてしまうのである。

映画の家族もそうだった。

葛城家
葛城清が仕切り、支配し、家族4人が共有する「空間」の中には、「権力関係」と思しき関係構造が露呈されていて、しばしば、息苦しくなるような構図が映像提示されていた。

葛城家には、会話中心の「言語コミュニケーション」が拾われていたにも拘らず、本稿の冒頭で言及した、「中華レストラン」⇒「帰宅後の保夫婦の子供の怪我」のシークエンスで露呈された、実質的に破綻した当該家族の関係構造の歪みが、このシークエンスのあとに続く「家族崩壊」の凄惨さを約束してしまうのだ。

そして何より、「非言語コミュニケーション」としての「空間」を作り出し、それを共有する格好の食事風景について言えば、手料理なきコンビニ依存に象徴されるの、「食文化」としての「食卓」の不在の精神的風景に止めを刺すだろう。

「非言語コミュニケーション」の欠損は、「情緒的結合体」・「役割結合体」としての家族の、救いようのない機能不全性を常態化し、家族の関係の実態を抉(えぐ)り出す。

「家族共同体」・葛城家の崩壊
詰まる所、「虚構の城」としての「家族共同体」・葛城家の「ディスコミュニケーション」の欠損の痛ましさは、「言語コミュニケーション」・「非言語コミュニケーション」という、私たちホモ・サピエンスの最強の武器を有効に駆使することなく、言語交通の偏頗性(へんぱせい=一方通行性)によって、まるで約束されたかのように、健全な「情緒的結合体」の構築を自壊させ、既に、顕在化していたダークな風景を全開したという一点に凝縮される。

均しく貧しい時代では、「パン」の確保が第一のテーマだったから、自ら必死に働く葛城家の権力的亭主であっても許容範囲を超えないかも知れないが、「パン」の確保を達成して得た便利すぎる現代社会では、「情緒的結合性」の強弱によって決まってしまうのである。

「情緒的結合性」が決定的に脆弱なら、「ミニ共同体」としての「虚構の家族」は自壊する。


「ネガティブな感情の吹き溜まり」が酸鼻(さんび)を極めた時、「家族」という物語に関わる一切の現象が終焉するのだ。

時代が変わったのである。





4  「応報刑主義」の立場に依拠し、死刑存置を迷いなく支持する





稿の最後に、死刑存廃問題について言及したい。

先進国で実質的な死刑存置国が日米だけであるという世界の趨勢とは無縁に、死刑存廃問題について、犯罪を抑止する目的で設置される「目的刑論」に対する概念である、「応報刑主義」を根拠とする存置論を支持する理由について、私の持論を書いておきたい。

1948年に起こった免田事件・免田栄(ウィキ・2007)
結論から言うと、免田事件・財田川事件など、無罪が確定した死刑事案による誤判の怖れの問題をクリアしていさえすれば、仮に、死刑制度の犯罪抑止効果が検証されたとしても、私は「応報刑主義」の立場に依拠し、死刑存置を迷いなく支持する。

日本人我慢強く且つ、臆病な民族(隣人と競争する「勝ち気」を有するが、「強気」にあらず)であると考えているので、最も大切な特定他者の命を奪われても、多くの場合、「その夜の侍」のような復讐劇に振れることがない。

それでも、対象喪失の危機に直面し、普通の日常性の再構築を手に入れられないだろう。

では、どうすればいいのか。

周知の通り、「光市母子殺害事件」の本村洋(ひろし)さんは、自殺未遂の辺りにまで精神的に追い込まれた絶望的状況の淵にあって、何とか踏み止まり、「犯罪被害者は泣き寝入りしてはならない」という思いを結集して、「全国犯罪被害者の会」の血の滲むような努力を繋いでいった。

その結果、国家を動かし、メディアを動かし、世論を喚起して、法廷の場で堂々と争う「犯罪被害者」を立ち上げ、加害少年に、死刑という究極の刑罰の適用を勝ち取るに至る。

「光市母子殺害事件」犯罪被害者のグリーフワーク ―― その茨の道の壮絶な風景

自らが負った甚大な心的外傷と必死に折り合いをつけた、本村さんの13年間の闘争には、正直、頭が下がる。

絶対に喪ってはならない愛する者を、喪った時の辛さ。

まして、その喪失が残虐な殺人事件に起因する「突然死」だったら、残された者の衝撃は筆舌に尽くしがたいだろう。

拠って立つ自我の安寧の基盤が、根柢から崩されてしまったのである。

そればかりではない。

本村さんは、絶対に喪ってはならない者の死の第一発見者だったのだ。

この激甚な心的外傷がフラッシュバルブ記憶(閃光記憶)と化し、これ以降の本村さんの自我にべったりと張り付いてしまうのである。


「私は死ぬ寸前まで助けを求めて私の名を呼んだであろう弥生を、抱きしめてやることもできなかつた。それどころか、妻の変わり果てた姿に恐怖すらした。いくら動転(どうてん)しょうと、いかに我を忘れようと、妻を抱くこともできなかつた私はなんと情けない人間か。私はそんな自分を、今でも許せない(略)妻が受けた屈辱、娘が受けた苦しみに比べたら、自分の苦悩など、いかほどのことでもない」(手記)

ここまで犯罪被害者の自我を切り裂き、言語を絶する懊悩(おうのう)の極限状態の渦中で、本村さんは言い切った。

「犯人をこの手で殺す」 

Fが死刑にならないのなら、今やそれだけが、妻と娘に対する罪悪感から解き放たれる唯一の方法だったのだ。

しかし当然ながら、本村さんは、自らを「もう一人の犯罪加害者」に変換させなかった。

「もう一人の犯罪加害者」に変換させない代わりに、国家権力に対し、制度として存在する、加害者への刑罰を行使する権力を委ねたのである。

だから、内閣府調査によると、「死刑もやむを得ない」とする存置論者が8割を優に超えているのだ。

つまり私たち日本人は、「犯人をこの手で殺す」ことができないが故に、拠って立つ国民国家に、然るべき刑罰の執行を委ねているのである。

報道機関に初公開された東京拘置所内の刑場
死刑判決が確定したら、6箇月以内に法務大臣は執行命令を出す。

この刑事訴訟法第475条によって、執行命令が規定されているのも周知の事実。

しかし死刑存置国であるにも拘らず、この制度は守られていない。

明らかに、行政府の怠慢である。

この行政府の怠慢が、遺族の人たちの心を深く傷つけ、膨大な数に上る地下鉄サリン事件の被害によって、PTSDで懊悩する人たちのラインが途切れることなく、その凄惨さな風景を、今なお晒し続けているのである。

この不条理は、遺族にとっては終わりの見えない煩悶と化し、PTSDで懊悩する人たちの人生の時間を食い潰していくのだ。

「私は死刑という制度に反対する人間です。偽善者だと思うかも知れませんが、私は人間に絶望したくないんです。死刑は絶望の証です。人間の可能性を根源的に否定する制度です…私は稔さんの本当の家族になるつもりです。そういう関係性の中から、何とか、他人の痛みが分る、そういう心が彼の中に芽生えることだけを祈り続けます」

順子と稔
この言葉は、「正義に向かって猪突猛進的な人物」(赤堀雅秋監督インタビューより)・星野順子の堂々としたマニフェスト。

相当程度、イデオロギーが塗(まぶ)されていて、それを隠れ蓑(かくれみの)にしているという印象を拭えないが、忌憚のない意見として認めたい。

そうであるなら、この国の立法府を動かすような、死刑廃止の持続的なムーブメントを起こし、その運動を繋いでいって欲しいと心底、思う。


(2017年11月)


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