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2012年4月23日月曜日

カティンの森('07)           アンジェイ・ワイダ


<乾いた森の「大量虐殺のリアリズム」>



1  オープニングシーンンで映像提示された構図の悲劇的極点



「私はどこの国にいるの?」

これは、説明的描写を限りなくカットして構築した、この群像劇の中で拾われている多くのエピソードを貫流する、基幹テーマと言っていい最も重要な言葉である。

この言葉を放ったのは、物語終盤で挿入された、ワルシャワ蜂起の生き残りの女性であるアグニェシュカ。

彼女については後述するが、この言葉を最も象徴的に挿入された描写 -――  それがオープニングシーンであった。

ポーランドの西方から侵略したナチス・ドイツ軍に追われる人々と、ソ連軍によって東部から追われた人々が群塊と化して鉢合わせした。

場所は、ポーランド東部のブク川に架かる橋梁。

このブク川は、ポーランドを流れるヴィスワ川を遡上すると、ワルシャワの北の一地点で分岐する大河である。

ここで出てきたヴィスワ川こそが、東欧をドイツとソ連が分割支配する独ソ不可侵条約の秘密議定書第2条にある、ポーランド条項で取り決められた大体の境界線の一つであった。

1939年8月23日に締結された独ソ不可侵条約は、全世界に深刻な衝撃をもたらした国際条約であることは周知の事実。

多くの国際条約に秘密議定書が作成されるという事実が一般的な時代状況下にあって、この秘密議定書にあるポーランド条項の苛酷さこそが、そこから開かれる「ポーランドの悲劇」を決定的に鏤刻(るこく)する現実を集中的に表現するものだった。

なぜなら、この秘密議定書が作成されてから約一週間後に、第二次世界大戦の勃発を告げる、ナチス・ドイツによるポーランド侵攻が開かれたからである。

1939年9月1日のことだ。

そして、この秘密議定書を、スターリン政権下のソ連が忠実に実行したその日こそ、同年の9月17日。


中流でブク川と合流するヴィスワ川
即ち、映像のオープニングシーンで描かれた、ブク川に架かる橋梁での混乱だったのである。

既に、この時点で、中国大陸への侵略戦争で膠着状態を迎えていた日本が、ソ連軍によって蹴散らされたノモンハン事件(1939年5月)が起こっていて、更に、イギリス・フランスがドイツに宣戦布告(9月3日)するという時代状況の趨勢は、欧州戦争の枠組みを超え、第一次世界大戦の凄惨なイメージをも胚胎しつつあった。

オープニングシーンの構図が象徴するのは、まさに、地政学的リスクの高さに加えて、軍事的に弱体化された国家の悲哀そのもののリアルな活写であった。

ロシア革命に対する干渉戦争(ポーランド・ソビエト戦争)の歴史的経緯を想起するとき、ソ連による侵略の危険性を全く予測していなかったとは思えないが、当時のポーランドの軍事的弱体性を考えると、愛国精神に根差した、ポーランド陸軍における高級将校の質の高さに象徴される、ポーランド騎兵旅団の評価の高さは、常に「戦力的限定性」の瑕疵を抱えていて、たとえ優秀な人材を具備したと言っても、ドイツ空軍に比べ圧倒的に不利だったポーランド空軍や、小規模なものでしかなかったポーランド海軍の「戦力的限定性」の瑕疵と同様に、少なくとも、常に「ポーランドの歴史的仮想敵国」でありながら、当時、2000両以上の軽戦車を主力とし、鉄壁の装甲師団を保有する陸軍や、爆撃機を含む戦闘機で武装した空軍を誇る、独軍との戦力の差の歴然たる事実は、ポーランド政府の欧州情勢の読みの甘さを露わにするものだった。

その結果、一月も満たないうちに、独軍とソ連軍によって、ポーランド全域が完全制圧され、降伏を潔しとしないポーランド政府は、残存兵力を伴ってルーマニアとハンガリーに脱出するに至った。

この状況が本作の背景となっている事実を認知したうえで、物語の世界に這い入っていきたい。

オープニングシーンンに戻ろう。

そこで、映像提示された構図の悲劇的極点 ―― それは、人間の死をも政治利用することを止めない国家によって屠られた男たちの、その凄惨な最期を冷厳なまでに映し切った、15分間にも及ぶラストシークエンスで描かれた、銃の発砲音と機械音だけが響く「カティンの森」の風景だった。

本作は、この事件によって、地中深く埋められた男たちの生還を、ひたすら待ち続ける女たちの物語であると同時に、このラストシークエンスを撮るために、50年間もの、気が遠くなりそうな時間を待ち続けた男の内側で、瞋恚の焔(しんいのほむら)が激発的に噴き上げることを抑制しつつ、徹頭徹尾、冷厳な筆致で映し切った物語でもあった。


アンジェイ・ワイダ 監督
 男の名はアンジェイ・ワイダ。

言わずと知れた、ポーランドを代表する映像作家である。

そのアンジェイ・ワイダ監督が創りあげた映像は、群像劇を貫流する主題が物語構成を引っ張り切るという、些か類型的な作品に仕上がっていたが、本作をライフワークと考えていたに違いない作り手の、そこだけはどうしても流し切れない澱が張り付いてしまった印象を拭えない一篇だった。

そう思うのだ。



2  軍用列車に乗り込んで行く愛国者たち、或いは、「信じて待ち続ける女」の叫び




物語を追っていこう。

ブク川で交叉した、二人の女性。


アンナとルジャ
アンナと、大将夫人ルジャ。

あっという間に、ドイツの占領下に入ったクラクフから東を目指すアンナと、9月17日を期して、ポーランド領内に侵略して来たソ連軍に追われるようにして、故郷のクラクフに、車で戻っていくルジャ夫人。

アンナの目的は、ただ一つ。

対独戦で行方不明になった、夫のアンジェイを探すため。

郷里クラクフ市にあるヤギェロン大学で教授を務める、実父のヤンが自慢して止まない、最年少で槍騎兵隊大尉に昇進した将校だ。

ブク川に架かる橋梁で、「クラクフに戻りなさい」というルジャ夫人の忠告を振り切って、ひたすら東方を目指すアンナと、その娘ニカ(正式には、ヴェロニカ)。

一方、車内に、娘のエヴァや家政婦のスタシアを随伴した、ルジャ夫人の車は群衆を避けるように、一路クラクフに向かっていった。

その頃、アンジェイ大尉はソ連軍の捕虜になっていて、手帳を日記代わりにしてメモを記していた。


アンジェイ大尉
“1939年9月17日。ボルシェビキ遂に侵攻する。ソ連戦車に囲まれ、全面降伏。宣戦布告もなしに、我々を捕虜にした。将校だけを捕え、兵士は帰京させた。メモをとることにした。私の最期を知らせるため。二度と戻らぬかも知れぬ故。手帳が届くならば…”

これが、アンジェイ大尉の手帳の書き出しだった。

そのアンジェイ大尉に近づいて、友人のイェジ中尉が話しかけた。

「ドイツは兵士、ソ連は将校を捕える」

共に意識する、この言葉が内包する意味が判然とするのは、ソ連軍の捕虜となった彼らの一部が決定的危機を迎える辺りであったが、それでも、「二度と戻らぬかも知れぬ故」と書いたアンジェイ大尉の心中には、前線を指揮する将校としての予感が消えないのだろう。

一方、アンナは、赤十字の野戦病院を経て、遂に、ソ連軍の捕虜になっていた、夫であるアンジェイと再会することが叶ったが、政府が亡命したとは言え、故国に残存する仲間を裏切ってまで脱走などできようがなかった。

まもなく、友人のイェジ中尉らと共に、ポーランド将校らの捕虜は軍用列車に乗せられ、東方へと運ばれてゆく。

アンナとアンジェイ大尉の束の間の再会は、アンナの乾かない涙のうちに消えていったが、これが永遠の別離を意味するとは思いも寄らなかったに違いない。

その間、ソ連軍の捕虜収容地では、赤軍兵士が、赤と白のポーランド国旗を切り裂いて、赤の旗のみを掲げる、シンボリックなカットが挿入されていた。

その頃、アンナ一家の故郷のクラクフでは、息子夫婦の帰郷を待つ義父であるヤン教授が、SS(親衛隊)幹部ミュラーの演説を聴くために、クラクフ大学に集められていた。

「クラクフ大学は、常に反独宣伝の中心だった。大学は閉鎖する」

このミュラーの演説に、どよめく教授たち。

反論の余地なく、全ての教授たちは、その場で捕捉され、ドイツのザクセンハウゼン収容所に送られて行った。

1939年11月。

 大学教授、教師、医師、ジャーナリストなどを含む、ソ連軍のコジェルスク捕虜収容所で、一人の男が、ルーマニアに脱出したポーランド政府を非難していた。

 その男を戒めたり、宥(なだ)めたりする、幾人かの将校たち。

それでも不満を託つ男に、一人の聖職者らしき人物が近寄って、ロザリオを渡したのである。


ピョトル中尉
 不満を託っていの名は、ピョトル。

 戦闘的な空軍中尉である。

 同じ頃、ソ連占領地域に取り残されたアンナはクラクフへ戻ろうとするが、夫が捕虜であるという理由で、国境を越える許可が下りず、地団駄を踏んでいた。 

そんなアンナを救ったのは、ソ連軍将校のポポフ大尉だった。

穏やかな印象を与えるポポフ大尉は、任地に赴く自分との偽りの結婚をすれば、NKVD(内務人民委員部=のちのKGB=ほぼ現在のFSB)の追求から逃れられると言うのである。

 「赤軍将校なれば、あなたも子供も救われる」

この丁寧なプロポーズに、アンナは「夫がいるからできません」と答えたのである。

 NKVDの事情を知るポポフ大尉は、「あなたの夫は、もういない」と、苦渋の表情で反応した。  

 「彼は戻って来ます!」


アンナ
 「信じて待ち続ける女」の叫びが、暗い空間を劈(つんざ)いた。

 それを耳にしたポポフ大尉は、ソ連軍将校しか知り得ない恐るべき機密を吐露したが、それでも同意しないアンナが、そこに立ち竦んでいた。

 「あなたを救いたい」

 ソ連軍将校にも、このような誠実なる人物が存在することを、映像は印象的に提示した。

 1939年12月24日、クラクフ

 大将夫人のルジャは、夫のいない寂しいクリスマス・イヴを、娘のエヴァと共に過ごしていた。


コジェルスク捕虜収容所
 また、ソ連軍のコジェルスク捕虜収容所でも、大勢のポーランド将兵の捕虜たちを前に、妻を想う大将のスピーチが響き渡っていた。

「生きてくれ。君たちなしでは、自由な祖国はあり得ない。我々は、欧州地図上にポーランドを取り戻す

 捕虜たちを前にした大将の穏やかだが、強靭な意志と希望を込めたスピーチは、その場にいたポーランド将兵たちの心に訴える効果があった。

 1940年春、クラクフ
 
 ポポフ大尉によって救われたアンナとニカが、無事、義母の待つクラクフに戻って来た。

今や、夫を待つ二人の女性。

アンナとアンナの義母である。

最初に「信じて待ち続ける女」の苦衷を味わったのは、アンナの義母である。


ヤン教授
1940年3月4日。ドイツのザクセンハウゼン収容所で、ヤン教授が病死したことを伝える電報が届いたのである。

その頃、ソ連軍のコジェルスク捕虜収容所では、一部の捕虜の移動計画が発表され、直ちに実行に移されていく。

その中には、大将やアンジェイ大尉、ピョトル中尉も含まれていたが、イェジ中尉の名はなかった。

嬉々として、荷物を手に持ち、「移動の旅」に出ていく捕虜たち。

「心配するな。次の移送がある」

イェジ中尉を励ますアンジェイ大尉。

こうして、ソ連軍の捕虜の第一陣が軍用列車に乗り込んで行ったのである。



3  「信じて待ち続ける女」たちの「一縷の希望」が終焉したとき



1943年4月13日、クラクフ。

クラクフを占領下にしているナチス・ドイツは、驚くべき事実を発表した。

1940年に、一時的に占領していたカティンで、"多数のポーランド人将校の虐殺遺体を発見した"として、その一人一人の名前が、放送を通じて読み上げられたのである。

その中に、大将の名前も入っていて、それを聴く夫人の硬直した姿が映し出されていた。

夫の生還を「信じて待ち続ける女」を延長させてきたアンナは、慌てるように走って来て、「クラクフ報知」を購買した。

そこに載っている犠牲者リストの名前の中に、夫の名前が入っていない事実に安堵し、その報告を待つ義母の元に走って行った。

「載ってないわ」とアンナ。
「ないわ。一度に失うなんてあり得ない。夫と息子を…でも、逃げも隠れもしなかったのはなぜ?そこに私がいれば…救ってやるべきだった」

この義母の最後の一言に、アンナは不快な表情を示した。。

「分り切ったこと!私も彼が必要なの!」
「彼にその自覚があれば。分らないけど…私たちを置き去りにしなかったかも…」

この義母の言葉に、アンナは激昂した。

「まだ死んでいません!名前は載ってないの!」
「イェジ中尉と大将は載っている」
「それで?アンジェイは載ってない。それだけのこと!彼は生きているの感じるの!彼は私の一部!」


アンナと義母
このアンナの叫びに圧倒されながらも、その言葉を待っていたかのように、義母は少し安堵した表情を浮かべ、静かに何度も頷いた。

一方、大将夫人の家では、生還の望みを断たれた母娘の、言葉にならない表情を映し出していた。

まもなく、ドイツ総督府に呼び出された大将夫人は、遺品の武勇十字勲章を返還された。

総督府の軍人から、声明文を確認し、それを読むように促されたのである。

“大将夫人たる私は、ソ連犯罪者の処罰を願い続けます”

今度は、このような趣旨の声明文を録音するので、もう一度、読むように促されたのだ

それを拒む大将夫人。

総督府の軍人は、頑迷な大将夫人に、ドイツがカティンで撮影した記録映画を見せるに至る。

大将夫人の眼の前で映し出された記録映画の凄みに、一貫して毅然とした態度を全く崩さなかった夫人は、明らかにソ連軍の犯罪である事実を知りつつも、最後まで録音を拒み続けて、娘のエヴァと共に帰途に就いた。

思わず、娘の体にもたれるように崩れ去る大将夫人


クラクフの織物取引所と中央広場
1945年1月18日、クラクフ。

今や、ソ連占領下クラクフで、家政婦のスタシアが、大将夫人の自宅を訪問した。 

「生き抜いたわね」と大将夫人
「お互いに」とスタシア。

抱擁し合う二人。

スタシアは、夫がパルチザンにいて、人民軍として活躍したことで、今や市長に出世した事実を報告した後で、訪問目的である、大将の軍刀返還したのである。

軍刀を見た瞬間、表情が一変した大将夫人は、「ありがとう」と一言返して、隣の部屋にこもってしまった。

大将夫人の行動の変容を目の当たりにしたスタシアは、ここで敢えて、自分が大将家に残した私物を、「赤十字に寄付して下さい」と言った後で、「夫がピョトルクフ市長に任命されて…」などという言葉を、隣室にいる夫人に対して放ったのである。

元より、スタシアには、このような嫌味を言う意図はなかったに違いないが、自分がわざわざ届けた大将の遺品である軍刀を見て、明らかに、不快な表情を浮かべた夫人の思いに対して、充分な想像力が働いていなかったのだろう。

「成り上がり者」と見下される視線への反発も含まれていただろうが、しかし、大将夫人は、そんな卑屈さを持つような低劣な人格の主ではない。

ただ彼女は、これまで、「信じて待ち続ける女」の苦衷(くちゅう)を存分に味わってきた「負の時間」の中で、言葉ならないディストレス(内部処理が困難なストレス状態)を極限まで貯留させているのだ。
大将夫人ルジャ
またしても、そのディストレスを累加する状況に耐え切れなかったのである

更に由々しきことは、「偉大なる大将」の「夫人」として相応しい役割を演じ切っていて、それがいつしか、「祖国ポーランド」の尊厳を汚す者たちへの憤怒に結ばれて、凛とした彼女の振る舞いを常に身体化させてきたということ。

しかし、劇的な時代の変容の中で、「祖国ポーランド」の尊厳に拘泥(こうでい)し、誇りを持って守るべき者たちが、今や、「カティンの森」で祖国を決定的に蹂躙した国家の衛星国になり果てている現実に、もう、自分の居場所すら確保できない状況下にあって、拠って立つアイデンティティを確保し得ない苦衷の時間を延長させてしていくしかないのだ。

そんな思いが、スタシアの訪問によって噴き上がってきたのだろう。。

そして、もう一人の、「信じて待ち続ける女」であるアンナに決定的な瞬間がやってきた。


イェジ中尉
今や、衛星国の傀儡(かいらい)政権の少佐にまで上り詰めたイェジが、アンナの元に、アンジェイ大尉の死の報告に訪れたのである。

クラクフの新聞でイェジの死が報道されたのは、実は、アンジェイ大尉にセーターを与えたイェジの名前が代わりに記録されていたからである。

衝撃で我を失ったアンナは、部屋で待つ義母に、「アンジェイは死んだ」と一言放って、そのまま素通りしていった。

奥の部屋で卒倒するアンナ。

呆然と立ち尽くしている義母。

「信じて待ち続ける女」たちの「一縷(いちる)の希望」が終焉した瞬間だった。




参考までに、本作の登場人物を箇条書きに列記してみた。

アンジェイ大尉(妻アンナ、娘ニカ、父ヤン教授、母)

イェジ中尉(アンジェイの戦友)

大将(妻ルジャ、娘エヴァ、家政婦スタシア)

ピョトル中尉(妹イレナ、妹アグニェシュカ)

ポポフ大尉(アンナを秘密警察から匿った赤軍将校)

タデウシュ(アンナの甥で、エヴァに救われる)

グレタ(法医学研究所の助手で、アンナにアンジェイ大佐の手帳を渡す)

(この中で、カティンの森の犠牲者は、アンジェイ大尉、大将、ピョトル中尉の3人)



 4  人民共和国への忠誠の尺度としての「カティン」の重量感



クラクフ法医学研究所に立ち寄って、イェジ少佐は、カティンで死んだアンジェイ大尉の遺品が出てきたら、遺族に届けてくれるように頼みに行った。

まもなく、ソ連のお先棒を担ぐ男に成り下がったイェジ少佐を難詰(なんきつ)する、大将夫人ルジャが、夜の闇の中で、「祖国ポーランド」の尊厳を汚す者への憤怒を身体化していた。

「共に死ぬべきだった」
「あなたの義務はね、真実を証言すること」
「または、己の頭を撃つ…死者は蘇らない。生き続ける。赦す。これが務めと。生きなくては…」
「あなたも連中と同じ。思いは違っても行動は同じ。思うだけでは何の意味もない」

その一言を残して、大将夫人ルジャは、夜の闇の向こうに消えていった。

イェジ少佐が酩酊(めいてい)し、荒れ狂うのは、その直後だった。

将校たちが集まるバーで、この国では今やタブーとなっている言葉を平気で公言するイェジ少佐。

「カティンで1万人以上の将校が殺害された」
「何の話だ」と驚く、見知りの部下の将校。
「犯罪者の勝利に乾杯!」

この言葉に、バーにいた将校たちの視線が集中した。

そのことを目視ながら、イェジ少佐の叫びが、狭い空間を劈(つんざ)いた。

「なぜか世界は扱い切れない。真犯人は皆目不明と、おぞましい噂が流れた。ドイツの犯行だ。41年に殺した。頭部に一発。ここだ!」

部下の将校にバーから追い出されるときも、虚偽の証言を糾弾(きゅうだん)することを止めないイェジ少佐。

「真面目な話だ。皆知っているだろう。皆。お前も、お前も!」

完全に我を失ったイェジ少佐が、拳銃自殺したのは、バーを出た直後だった。

贖罪感に懊悩し続けた果ての自壊だった。

イェジ少佐の自殺と入れ替わるように、「祖国ポーランド」の尊厳を汚す者への憤怒を抱く二人の若者が、物語の中に登場してくる。

その一人。
タデウシュ
アンナの甥のタデウシュである。

美術学校志願のための写真を撮るために、アンナの写真館を訪れたのである。

若き対独パルチザンであったタデウシュが、面接に訪れた美術学校の校長の名はイレナ

ピョトル中尉の妹である。

物分かりの良いイレナだが、提出したタデウシュの履歴書の中の記述の修正を、本人に求めたのである。

「40年、カティン。ソ連により虐殺」

そう書いてあったのだ。

「卒業に嘘が条件?」
「分別を持って。ドイツはもう、あなたの敵ではない。祖国復興の担い手が殺し合い?」
「履歴は一つしかない」

そう言い捨てて、タデウシュは美術学校を去って行った。

「カティン問題は、人民共和国への忠誠の尺度」

これは、タデウシュが去った後、傍らの副校長に吐露したイレナの言葉。

まさに、「人民共和国への忠誠の尺度」として、カティン問題そのものが、その犠牲になったはずのポーランド国内ではタブーとされていることの証だった。


エヴァ
美術学校からの帰途、人民政府のポスターを剥がして、警察に追われるに至ったタデウシュを救ったのは、大将夫人ルジャの娘エヴァだった。

古い家屋の屋根に登った二人の視界に入ってきたのは、ポーランドで最も歴史ある都市 の一つである、クラクフの旧市街の美しい風景だった。

まさに、そこは「祖国ポーランド」を象徴する建物なのだ。

二人は映画を観に行く約束をして別れるが、その直後に官憲に追われて、タデウシュは呆気なく轢死(れきし)してしまったのである。

「1日限定の恋」のエピソードであった。

唯一、暗欝な物語の中で、そこだけは解放感溢れる絵柄が映し出されるが、若き世代への、祖国復興への願いが仮託される作り手の思いは、その作り手によって自壊させるカットの挿入のうちに、この時代に呼吸を繋ぐ愛国者の苛酷な現実を炙(あぶ)り出していくのである。



5  「私はどこの国にいるの?」 ―― 確信的殉教者の叫び




クラクフの写真館に勤めているアンナの店に、一人の女性が訪ねて来た。

二人の妹と撮った、カティンで死んだピョトル中尉の記念の墓碑用写真を修正し、徽章(きしょう)の顔を笑顔にして欲しいという依頼だった。


アグニェシュカ
依頼したのは、ワルシャワ蜂起の生き残りの女性であるアグニェシュカ。

美術学校長であるイレナの妹でもある。

彼女は既に、牧師から、兄の遺骸と共にあったロザリオを受け取っていて、カティンで死んだ兄の無念に同化し、墓を造って手厚く葬ることを考えていた。

その墓碑に、笑顔の兄の徽章を嵌め込みたいのである。

“40年4月。カティンにて非業の死”

そう刻まれた墓碑を、教会に置いてくれるように頼むが、官憲を怖れる司祭に拒絶された。

どうしても、墓碑を教会に置くつもりのアグニェシュカは、「認めてもらえるまで家族墓地に置く」という意志を崩さなかった。

姉のイレナとの会話である。

「助けて」とアグニェシュカ。

反応しない姉に、「怖いのね」と言い放った。


イレナとアグニェシュカ
「無理よ。分って。時代が変わった。私たちはその奴隷なの」とイレナ。
「早くも入党したのね」とアグニェシュカ。

ソ連支配下の傀儡政権に迎合すると決めつけてしまう妹。

「蜂起の教訓は何もなしね。世界は変えられない。追放されるかも知れない。殺されるかも。可能な限り、自由を築くこともできる。ポーランド魂を発揮して…賢いお前には分るでしょ」
「姉さんは、新世界に居場所を見つけた。私は旧世界にどっぷり。兄ピョトルと共に。私は」
「病的ね」
「犠牲者の傍にいたいの。殺害者ではなく」

 姉に放ったアグニェシュカの最後の言葉が、彼女の短い人生を閉じる運命を決定づけるものになっていくことが、その直後の物語の展開の中でシビアに描かれていく。

まもなく、アグニェシュカは内務人民委員に逮捕されるに至ったからだ。

「嘘の没年を碑に刻み、墓地に置いた。ソ連の同志を誹謗したいか」

恫喝する人民委員に、アグニェシュカは怯(ひる)まない。

「真実は大切」
「それは皆が知っている」
「ソ連とドイツは互いの国の犯罪と非難。現ポーランド政府も究明しないまま」
「調書に署名しなさい。”カティンはドイツの犯罪”」
「違う」
「蜂起で誰と戦った?奇跡的に生還したのに。祖国に住みたくないのか?」
「ここは、あなたの祖国」
「生きるのが嫌か?」
「私はドイツと5年間戦った。教えて、私はどこの国にいるの?ここはポーランド?」


恫喝されるアグニェシュカ
本作の肝とも言える言葉が、アグニェシュカの毅然とした態度から分娩されたのだ。

それは、アグニェシュカと内務人民委員との、決して睦むことのない不毛な会話が閉じた瞬間だった。

地下室に連行されるアグニェシュカ。

階段を下りる途中で、アグニェシュカは、数秒の間、頭上を凝視していた。

それが、映像が映し出したアグニェシュカの最後の姿である。

その直後の映像は、彼女が命を賭けて家族墓地に置こうとした兄の墓碑が、業者によって破壊されるカットだった。

一体、アグニェシュカは、そこで何を見たのか。

色々イメージできるが、私はこう思う。

「死者の傍にいたい」と言い放った彼女の思いが、まさに身体化された表現だと考えるのだ。

それは同時に、内務人民委員に連行され、「死の地下室」に下りていくエヴァの視界が捕捉したのは、決して幻想ではない「祖国ポーランド」との別離でもあった。

彼女が凝視する先にある風景には、明らかに、衛星国化された祖国の尊厳を奪った者たちへの怨念を包摂し、彼女だけが一貫して信じる、「祖国ポーランド」の心地良き原像のイメージがある。

彼女が凝視する天井の向こうにあるはずの、「祖国ポーランド」との別離によって、兄ピョトル中尉を含む、「カティンの森」で虐殺された「愛国の同志」と、自らもまた、「死の地下室」で果てる覚悟によって「死の連帯」を果たしたいのである。

この覚悟による「死の連帯」こそが、アグニェシュカの厳しい身体化表現だった。


法医学研究所の助手のグレタ
なぜなら、この実質的な物語のラストカットになる直後に開かれた映像こそが、法医学研究所の助手のグレタによって届けられた、アンジェイ大尉の手帳から開かれたラストシークエンスに繋がるからである。

地中奥深く埋められた兄を含む、「カティンの森」での犠牲者との「死の連帯」の思いが、自らもまた、「死の地下室」で果てるイメージを思わせるからである。



 6  乾いた森の「大量虐殺のリアリズム」



アンナの自宅に、思いもかけないものが届けられた。


アンジェイ大尉が残した手帳
届けられたものは、アンジェイ大尉が残した手帳。

それを届けた者は、イェジ少佐に頼まれたクラクフ法医学研究所のグレタ。

以下、汚れて、痛みの激しいアンジェイ大尉が残した手帳。

アンジェイ大尉自身のモノローグで語られる、「カティンの森の虐殺」に至るまでの、ラスト15分間に及ぶシークエンス。

“40年4月7日。コジェルスク。一昨日、移送が始まった。行き先、目的、共に不明。異様な囚人用貨車に詰め込まれる。8時30分、コジェルスク発。西へ。同じ貨車に、少佐、大佐、大尉。計12名。場所はせいぜい7人分。”

囚人用貨車は、グニェズドヴォ駅に到着した。


グニェズドヴォ駅
“4時45分。起床。自動車に乗り換え、更に遠くへ。グニェズドヴォ着。モスクワから402キロ。囚人用自動車と物資用トラックが停まっている。”

大将を先頭に囚人用貨車から降りて来た捕虜たちは、囚人用自動車に乗せられて、深い森の奥に踏み入っていく。

映像は、ここで大型のブルドーザーが、森の中の土塊を掘り起こしているカットを挿入させた。

それが、何を意味するかは、観る者だけが知っている。

囚人用自動車が辿り着いた場所は、森の中のソ連軍の古い建物。

その建物の周囲には、何人ものソ連兵が捕虜の降りて来るのを待っていた

まず、大将だけが先に降ろされ、建物の敷地に踏み込んだ瞬間、鉄の扉が閉じられた。

「ベルトを取れ」

 建物の入口にいた男が、大将に命令し、それに従う大将。


捕捉される大将
 既に身の危険を感じていた大将は、建物の中に連行されたとき、自分を捕捉する二人の兵士の束縛を解くように、我が身を放とうとするが、一瞬にして取り押さえられ、スターリンの肖像が正面に大きく掲げられている別室に連れて行かれた。

便宜的な本人確認を簡単に済ませた後、ソ連軍の犯行を検証するに足る、後ろ手に手首を頑健に縛る、所謂(いわゆる)、「ロシア結び」と言われる捕捉によって、今や、完全に抵抗を封じられた大将は、内務人民委員の幹部の命令一下、壁にべっとりと血糊(ちのり)が付いている小さな部屋に連れられ、そこで、一発の銃丸によって後頭部が撃ち抜かれ、即死するに至った。

その床には、まさに今、流されたばかりの大将の血が、小さな楕円の澱みを作っていた。

 その血を、内務人民委員配下の兵士が、手慣れた手つきで、速やかに洗い流していく。

そうしなければ、凝固した血が床に張り付き、滑りやすくなってしまうのだ。

まさに、それ以外にない、冷厳なまでの「大量虐殺のリアリズム」である。

大将の死体は、外部に通じる小さな穴から機械的に放擲され、トラックの荷台に無造作に落とされた。

 そこには既に、多くの捕虜の死体が堆(うずたか)く積まれていて、あとは、ブルドーザーで掘削された土塊の穴の中に捨てられるだけだった。

 その直後の映像は、次々と捕虜を銃殺し、それをベルトコンベア式の流れ作業の如く処理していく、怖ろしいまでの「殺しのプロ」による、手馴れた作業が映し出されていくのだ。

 一方、部隊の前線で指揮を執る、高級将校以下の捕虜たちがトラックから降ろされて、処刑の森に運ばれて行く。

 その中には、イレナとアグニェシュカの兄である、ロザリオを手に持つピョトル中尉や、アンナの夫のアンジェイ大尉が含まれていた。

 “5時。何か変だ。囚人用自動車で移動。森に運ばれる。保養地のような場所。持ち物検査。結婚指輪は発見されず。ベルトとナイフを取られる。次に時計。8時30分を指していた。ポーランド時間で6時30分。我々はどうなる?”

 これが、アンジェイ大尉が残した最後の日記の言葉となった。

そのアンジェイ大尉は、上着の軍服を脱がされて、イェジ中尉からもらった白地のセーターを着た状態で、後ろから首を紐で絞められ、3人の兵士に捕捉されたまま、後頭部から一発の銃丸で撃ち抜かれ、即死するに至った。

「天にまします。我らの父よ」

これが、銃殺寸前に、アンジェイ大尉が残した最後の祈りの言葉となった。

乾いた森の其処彼処(そこかしこ)で、銃殺音のみが鈍く響く度に、一人一人の死体が堆く累加されていく。

ドキュメンタリー用の手持ちカメラを、敢えて左右に振らしながら、この凄惨な虐殺の森をリアルに映し撮っていくのだ。

虐殺された死体が次々に、土塊を掘削した大きな穴の中に投棄されていくのである。

ピョトル中尉もまた、最後の祈りを上げていた。

「我らの罪を赦したまえ。我らが人に赦す如く」

その瞬間、彼もまた、他の多くの捕虜たちと同じように、逃れようのない運命を辿っていったのである。

ブルドーザーで掘削された穴の中に投棄された死体に、掘削した分だけの大量の土塊が被されていく。

ここで漆黒の画面にシフトし、クシシュトフ・ペンデレツキ(ポーランド楽派の作曲家)の「ポーランド・レクイエム」が静かに流れ、まもなく、無音のエンドロールの世界のうちに閉じていった。


発掘される森(実写・ウィキ)
そこには、重い沈黙以外の何ものをも許容しない、情感に流すことを頑として拒否する意志が貫徹されているのだ。



7  問題意識の共有を迫ってくるような「観客インボルブ型」の作品の強さ



ここから、批評に入りたい。

①存分に感情移入できる登場人物が存在すること。
②娯楽的要素が含まれていること。
群像劇の展開の錯綜感の中で、説明的描写が保証されていること。
④ハッピーエンドで括られる、ヒューマンドラマとしての「予約された感動譚」であること。
⑤欧州の近現代史に苦手意識を持っていないこと。

以上、この5つの要件の中で、⑤のケースについては、事前リサーチなどで一定程度解決できるので問題ないだろうが、それ以外の要件を本作に求めるのは無理だろう。

①と②と④に関しては、このような映画に馴れるしかないという外にない。

ヨーロッパの名の知れた多くの監督のがそうであるように、本作のアンジェイ・ワイダ監督の基本モチーフは常に明瞭である。

分りやすく言えば、「歴史で起こった出来事」を映像として記録していくこと。

監督自身が、このような趣旨を明言していることで瞭然とするだろう。

③に関しては、例えば、ヒロインのアンナがポポフ大尉に救われて、脱出するまでのシーンが全く描かれていないことで、観る者の中には、いつの間にか、クラフクに戻っていたアンナの存在に違和感を抱く者もいるかも知れない。

「国境で苦労しました。持ち金を掴ませて。夫からの指輪も…」

この一言で、アンナの「苦難な脱出譚」が説明されている。

だから、一々、「苦難な脱出譚」について映像化する必要がないだろうという含みが、本作を貫いている。

当然過ぎることだが、主題との関係の中で必要ないと思われる描写を削り切ることで、物語を貫通する主題を強調したいのである。

そればかりではない。


アンジェイとアンナ
この「省略されたエピソード」が意味するのは、アンジェイとアンナの夫婦を、自分の両親の仮構モデルにしていると思われるにも拘らず、アンジェイ・ワイダ監督は、夫婦に関わるエピソード挿入に対して、そこだけは特段の情感を込めて描くことをしていないのだ。

「この映画がわが個人的な真実追究となること、ヤクブ・ワイダ大尉の墓前に献げる灯火となることを、わたしは望まない。映画は、カティン事件の数多い被害者家族の苦難と悲劇について物語ればよい。ヨシフ・ヴィサリオノヴィチ・スターリンの墓上に勝ち誇る嘘、カティンはナチス・ドイツの犯罪であるとの嘘、半世紀にわたり、対ヒトラー戦争におけるソビエト連邦の同盟諸国、すなわち西側連合国に黙認を強いてきたその嘘について語ればよい」(プロダクションノート・アンジェイ・ワイダ "集英社文庫「カティンの森」(工藤幸雄・久山宏一訳)より)

これのアンジェイ・ワイダ監督の言葉が、本作の基本モチーフである。

この基本モチーフから逸脱する描写の挿入がカットされるのは、当然過ぎることなのである。

ところで私は、娯楽中心のハリウッド映画のビジネス路線を全く拒否するものではない。

ただ、ハリウッド映画ばかり見ていると、本作のような、映画との距離感が広がっていく心理傾向を否定できないだろうということだ。

私は無論、一部のハリウッド映画を含めて、このような重いテーマを映像化する作品を最も好む者である。

タデウシュとエヴァの1日限定の恋
ここでは、そんな本作についての、私の正直な感懐を書く。

待望された映画であったにも拘らず、正直、失望の念がないと言ったら嘘になるだろう。


その意図は分かるが、タデウシュとエヴァのエピソードに象徴されるように、それなしでも成立する映像の主題提起力を却って希釈化させてしまった感が強いからだ。

しかし、それでも私は、この映画を評価する。

観た後の余情が、私の脳裡にいつまでも張り付いていて、簡単に払拭しづらい何かがあるのだ。

この余情こそ、私が大切にする映画の「鑑賞利得」でもある。

ある意味で、余情こそが、私の映画鑑賞の全てであると言っていい。

何かねっとりとした、見えない糸が張り付いているような余情が脳裡から消えないということは、その映画が存分にカタルシスを保証してくれなかったことを意味する。

「予約された感動譚」のハッピーエンドの括りのうちに、カタルシスを観る者に存分に保証する作品の多くは、もう、それだけで浄化されてしまうから、鑑賞後、5分も経ったら忘れてしまう類の映画であるだろう。

既に、それで自己完結してしまうからである。

自己完結してしまった映画からは、何も開かれることはない。

そこに、広義な意味での「知的過程」が開かれることはないのだ。

「息子のまなざし」のラストシーン
何かどこかで、喉の奥に引っかかった小骨の如く、作品総体が残した余情が消えないからこそ、その映画から提示された主題を含む様々な思いが脳裡を巡らすのである。

だから、喉の奥に引っかかった小骨を取り出すために、もう一度、この映画を観ることになる。

例えば、ダルデンヌ兄弟の「息子のまなざし」(2002年制作)の実質的なラストカット。


心臓音が、本来の律動感を失って拍動するようだった。

言葉を失うほどの、鮮烈なインパクトに、私は殆ど名状し難い感銘を覚えたのである。

しかし、涙は出ない。

カタルシスを得られないからだ。

それでも、深い余情が私の脳裡にいつまでも消えないでいた。

だから、内側に貯留された言葉にならない何かが騒いでしまったお陰で、それを鎮めるために、もう一度観ることになった。

それによって、より深く、「赦しの困難さ」をテーマにした映像総体の鋭利なまでの提示力を、私なりに受け止められたと思っている。


ミヒャエル・ハネケ監督
また、ミヒャエル・ハネケ監督の一連の作品を観終わったとき、私はいつも、「この映画は、ラストカットから、再び何かが始まるのだな」と考えている。

このような、問題意識の共有を迫ってくるような「観客インボルブ型」の作品の強さは、多くの場合、ラストカットでフェードアウトしていく余情から、何かが開かれていく映画である外にないのだ。

ここからは、稿を変えて言及したい。



8  「祖国ポーランドへの深い愛着」の物語=幻想を保持し続ける女の、そこだけは絶対に譲れない強靭な思い



アンジェイ・ワイダ監督の本作もまた、そんな映画だった。

重い沈黙以外の何ものをも許容しないような、レクイエムだけが張り付く漆黒の画面にシフトし、やがて無音のエンドロールの世界のうちに閉じていく画像が残した深い余情は、私の内側に鋭く食い刺さってきたのだ。

当然、もう一度観返した。

更に、三度、観るに至った。

その結果、それ程思いを寄せなかったものが、私の中で沸々と噴き上がってきたのである。

それは、この映画の中で登場する二人の女性、即ち、大将夫人ルジャとアグニェシュカに象徴される、「スーパーウーマン」の印象を与える人物の、深々とした情感の振れ方である。

彼女たちは無論、「スーパーウーマン」ではない。

それは、観ていれば分るだろう。

しかし、彼女たちのエピソードを挿入したアンジェイ・ワイダ監督の意図が、腑に落ちるように私の中に入って来た。

彼女たちはまさに、「祖国ポーランドへの深い愛着」の思いをも包括する、人間の尊厳を平気で犯してしまう者たちへの、そこだけは絶対に譲れない強い思いを貫徹していて、それが私を異様な感動に結び付けた。

とりわけ、大将夫人ルジャの人物造形は圧巻だった。

大将夫人ルジャこそ、本作の実質的なヒロインと言ってもいい。

繰り返し、観る度に、そう思われてならないのだ。


大将夫人ルジャ
既に、「信じて待ち続ける女」という、唯一、その希望に縋りたかったはずの思いが砕け散っていた彼女が、それでも、「大将夫人」としての役割を演じ切ることを捨てずに生きていく一人の女。

このような彼女の思いの根源には、対独戦争における優秀な司令官であったに違いない夫と共に共有していた、「祖国ポーランドへの深い愛着」という、それ以外にない、拠って立つ自我の絶対基盤に関わる心理的文脈が横臥(おうが)している。

「祖国ポーランドへの深い愛着」に拘泥する彼女にとって、その思いを土足で踏み躙(にじ)ってくる、如何なる権力に対しても許容することがないのだ。

それが、象徴的に表現されたエピソードがある。

クラクフを占領下にしていたナチス・ドイツ軍の情報機関に呼び出されたときのエピソードだ。

随伴して来たエヴァが、「私を一人にしないで」と叫ばせるほどの、言い知れない恐怖感の中で、彼女は頑として、夫の死を政治的に利用する者たちの恫喝に屈することをしなかった。

この時点でなお、彼女は「大将夫人」であり続けるのだ。

この継続力が、このときの彼女の自我を、ギリギリに支え切っている。

そこで、殺されるかも知れないという恐怖に打ち克つには、彼女にとって、「大将夫人」としての継続力が絶対的に必要だったのだろう。

しかし、彼女もまた一人の人間である。

幸いにも、闇に葬られることなく生還を果たした街路で、娘に思わずしがみ付いていくさまは、死への不安と恐怖に耐え切った者の臨界点だったのである。

そして、映像がその直後に映し出したのは、かつて、家政婦だったスタシアの訪問のエピソードであった。

全く悪意を持たないスタシアによる、「大将の軍刀」を返還する現実を目の当たりにして、彼女の中で、一気に何かが崩れ去っていく。

崩れ去っていったものは、今やもう、「大将夫人」という、そこにのみ縋ってきたはずの強靭な物語=幻想である。

それは、「大将夫人」としての記号の継続力が自壊した瞬間だった。

彼女は娘のエヴァに抱きつき、今度こそ、存分に嗚咽を噴き上げたのである。

既に、「信じて待ち続ける女」でも、「大将夫人」ですらもなくなって、単に一人の固有だが、それ以外ではあり得ない、「ルジャ」という「女」であり、「母」を生きねばならない彼女には、今やもう、拠って立つ自我の基盤となるアイデンティティは一つのみ。


ナチに攻撃されるワルシャワ王宮(ウィキ)

「ルジャ」という一人の「女」として、なお強靭な「祖国ポーランドへの深い愛着」の物語=幻想を保持し続けることである。

それが、ソ連のお先棒を担ぐ男に成り下がった、イェジ少佐への難詰になっていく。

このときも、死と隣接する際(きわ)にまで自己投入していく、凛とした振る舞いは健在だった。

「信じて待ち続ける女」でも、「大将夫人」ですらなくなっても、「スーパーウーマン」ではない彼女には、人間の尊厳を平気で冒してしまう者たちへの、そこだけは絶対に譲れない強靭な思いだけは決して捨てることがなかったのである。



9  人間の尊厳を根源的に踏み躙っていく者たちの、圧倒的暴力の支配力への恐怖



そして、もう一つ。

私にとって、強烈な印象を残したもの。


それは、多くの鑑賞者と同じように、アンジェイ大尉が残した手帳から開かれたおぞましき世界に集約されるだろう。

その世界こそ、そこに至るまで様々に繋いできたエピソードを貫流する、ネガティブな世界の極限的な様態であるからだ。

己が拠って立つ祖国へのアイデンティティを暴力的に踏み躙られてきた者たち、とりわけ、ラストシークエンスに至る直前の、アグニェシュカのエピソードに象徴的に表現されていたように、人間の尊厳を根源的に冒す者たちによって身体化された厄介なものの、その極限的な様態であった。

ラストシークエンスで描かれた世界のおぞましさは、暴力という概念が内包するものの極限的な恐怖であると言っていい。

私の仮説によれば、暴力とは、「攻撃的エネルギーが、他者に対して身体化される行為」の総称である。

その「他者に対して身体化される行為」の総称である暴力の本質は、「他者を物理的、或いは心理的に、自分の支配下に強制的に置くこと」であると私は考える。

要するに、「対象人格の総体を強制的に支配すること」。

これが、暴力の本質なのである。

「対象人格の総体」とは、身体性と自我によって構成される人格のこと。

その中で、自我を強制的に支配すること ―― これが由々しきことなのだ。

生存と安全の司令塔であると考える自我が支配されることによって露わにされる、人間の根源的な恐怖感は、自分の未来への選択的出口が完全に遮断され、闇の世界に放り込まれた極限状況の様態であると言っていい。

それは、ラストシークエンスの中で、まるで家畜を殺す機械的な行程のように、屠殺(とさつ)されていく者の心理を、そこに一片の感傷の入り込む余地のない冷厳な筆致で表現されていたこと ―― これが全てだった。

結局、本作は、人間の尊厳を根源的に踏み躙っていく者たちの、圧倒的な暴力の支配力への恐怖を描き切った一篇であると考えている。

それが、私の本作に対する基本的把握である。


(2012年4月) 






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