検索

ラベル

2014年6月3日火曜日

終着駅 トルストイ最後の旅(‘09)     マイケル・ホフマン


<「不完全な男と女」が呼吸を繋ぐ人生の晩年を活写した一級の名画>




1  カリスマ性とは無縁な、一人の老人の裸形の相貌を描き切った人間ドラマ



「聖人」化された人格者の代名詞のような男の、その最晩年の心の風景の澱みと、その男への愛憎相半ばする複雑な女の感情の振幅を、短絡的な人間理解の皮相浅薄で、深みのない筆致で撮り逃げしなかった、圧倒的な気迫に満ちた演出と、それに応えたプロの俳優の迫真の演技。

見事だったと言う外にない。

正直言って、本作の思いがけない完成度の高さに、只々、驚かされたという思いで一杯である。

群を抜いて強力な一級の名画が誕生したことに、私は称賛を惜しまない。

そんな一代の傑作のこと。

ここには、4種類の人間が登場する。

① 理想を「主義」にしつつも、なお残る、愛憎相半ばする人間の複雑な感情の氾濫の中で迷い、煩悶する男。(トルストイ)

② そして、理想を「主義」とすることに全く無縁でありながらも、男との半世紀近い共存の中で培った人間的感情の中で揺れ、それを捨て切れない女。(ソフィヤ)

③ 更に、そんな男と女に最近接することで、人間をカリスマ化することに疑問を持った分だけ、自己を相対化できた若者。(ワレンチン)

④ そして最後に、理想を「主義」とする男を偶像化し、絶対化することによって、それが自己目的化された「主義」に殉じる男。(チェルトコフ)

以上についての言及は、適宜に後述する。

ここでは、「高等世俗」の現実と「主義」の板挟みで身動きできない、最晩年のトルストイの「煩悶」の日々を切り取った映画をフォローしていく。

時代は1910年。

ヤ―スナ・ポリヤーナのトルストイの屋敷(ウィキ)
背景はヤースナヤ・ポリャーナ。 

トルストイの生地であり、生涯の大半を過ごした居宅である。

トルストイの代表作として著名な、「戦争と平和」と「アンナ・カレーニナ」を執筆した場所でもあり、現在は、トルストイの子孫が記念博物館の館長となって、トルストイの墓所を守り継ぐツアースポットでもある。

当時、このヤースナヤ・ポリャーナから、馬車で2時間の場所にあるチェリャチンスクには、「トルストイ運動」を実践する「トルストイ・コミューン」の拠点があり、多くの信奉者が集い、共同生活を送っていた。

トルストイ運動」とは、ロシア民衆を政治的、精神的抑圧から解放する目的を持ち、私有財産制を否定し、「非暴力」と「普遍的な愛」を標榜する精神的・宗教的な社会運動である。

その運動のリーダーは、モスクワのトルストイ協会本部を指揮するチェルトコフ。

トルストイをして、「私の親友だ」と言わしめるほどに、絶大な信頼を得ている男だが、今は秘密警察に監視されているので、チェリャチンスクに戻れず、地団駄を踏んでいた。

そんなチェルトコフにとって、何より不安なのが伯爵夫人・ソフィヤの存在。

伯爵夫人・ソフィヤ
その理由は、「財産に執着し、我々の運動を目の敵にする」(チェルトコフの言葉)というもの。

要するに、トルストイの著作権をロシア民衆に解放すると書かれた、新しい遺書の存在を知ったソフィヤの妨害行為に神経を尖らせていたのである。

「我々の最大の敵は伯爵夫人」

チェルトコフの言葉である。

その「最大の敵」の動向を探る目的で、チェルトコフが採用した青年こそ、本作の中で客観的視座をもって、最晩年のトルストイ夫妻に最近接し、時には、その内面に侵入することで、観る者の感情移入を誘(いざな)う役割を担うワレンチンである。

思うに、この映画の成功は、ワレンチンの視線を介在させて、理想を「主義」にしつつも、なお残る、愛憎相半ばする人間の複雑な感情の氾濫の中で迷い、煩悶する男、即ち、トルストイの生身の身体と精神の揺動を描き切ったところにあると言える。

そして、理想を「主義」とすることに全く無縁でありながらも、男との半世紀近い共存の中で培った人間的感情の中で揺れ、それを捨て切れない女、即ち、ソフィヤの内面的風景を精緻に描き切ることで、「悪妻」という偏頗(へんば)なラベリングから解放したところにもあると言っていい。

その晩年の断片を切り取った、トルストイ夫妻に最近接した短い時間の濃密度。

ワレンチントルストイ
その短い時間の濃密な絡みの中から見えてくる、「神様」の人生のリアリティは、トルストイの個人秘書を希望する若者が、チェルトコフに言い放った、「理想を追求し、魂を清めたい」という理想と乖離して、およそカリスマ性とは無縁な一人の老人の裸形の相貌だったこと。

この辺りを精緻に描き切った、本作の人間ドラマとしての完成度の高さは出色だった。

そんなワレンチンの仕事の内実は、ヤースナヤ・ポリャーナでの出来事、とりわけ、伯爵夫人・ソフィヤの発言記録を採取すること。

かくて、「トルストイ・コミューン」の拠点・チェリャチンスクを経由してのワレンチンの、「神様」との出会いを前にして心踊らせる旅が開かれていく。

そのヤースナヤ・ポリャーナでは、チェルトコフが言うように、ここ数年間に及ぶトルストイの理想主義への傾倒への不満から、ソフィヤとの夫婦関係に亀裂が入っていて、最晩年のトルストイの「煩悶」の日々が常態化されていた。

一切は、トルストイの新しい遺書の存在を巡る確執だったのである。



2  「世俗」の営為を、「人類愛」の名によって軽侮する行為への相対化の視線



「神様」と出会った当初のワレンチンは、緊張で胸の高鳴りを抑えられず、くしゃみをするばかり。

ワレンチントルストイ
鼻粘膜にある副交感神経(自律神経)が緊張すると、興奮のあまりくしゃみが出やすいと言われるが、ワレンチンもまた、このタイプの人間なのだろう。

言うまでもなく、ワレンチンのくしゃみの原因は、「理想を追求し、魂を清めたい」という、「神様」に対するカリスマ性が、ワレンチンの若い自我にべったりと張り付いていたからである。

彼もまた、理想を「主義」とする男を偶像化し、絶対化する迷妄から解放されていなかったのだ。

 以下、理想を「主義」とする男への偶像化が、男の恋愛譚を聞かされることで、イメージの違和感が最初に生まれたエピソード。

 「先生は書いておられます。肉体は本質ではなく、幻影にすぎないと」

トルストイの若き日の恋愛経験を聞かされた、ワレンチンの発問である。

この発問に対するトルストイの反応は、あっさりとしたものだった。

「戯言だ。君はどう思う?君の意見は?」
「分りません」
「私もだ」

 トルストイに対するワレンチンの当惑の本質は、「性愛」を穢れたものと信じ切ってきたワレンチンの児戯性を象徴するものだが、若くして(30代初め)独自の農奴解放を試みたり、領地に学校を設立して、農民の子弟教育に熱心に向かったり、美しく聡明な、18歳のソフィアに惚れ抜いて結婚した後も、自らの莫大な財産を貧困層への援助に費したり、等々の行為を知る限り、トルストイ=「生きる聖人」の如く神聖化されてしまうのも頷けなくもない。

「あの愛を見たまえ。子供たちを祝福するキリストのようだ」

トルストイが多くの子供たちを祝福する姿を見たときの、主治医・ドゥシャンの言葉である。

 
マーシャワレンチン
しかし、「性愛」を穢れたものと考える、
ワレンチンの児戯性が崩壊するのも早かった。

 チェリャチンスクの「トルストイ・コミューン」で奉仕活動するマーシャとの出会いと、その後の呆気ないほどの「性愛」への移行で、すっかり、マーシャの蠱惑(こわく)的な姿態の虜になってしまうワレンチン。

「性愛」を穢れたものと考えて、内側に封印した分だけ、「性愛」への耽溺も必至だったのだろう。

それを、若気の至りという用語で説明することも可能である。

「あなたは、あのとき、規則も神様も忘れてた」
「そんな単純じゃ・・・」

自由恋愛の王道を生きるかのようなマーシャに、痛いところを衝かれたワレンチンには反応する術がない。

「単純なことよ。ずっと、男と女がしていること。過去も未来もない。体に触れ合って、私たちの間に、親密な何かが芽生えた。それは本物よ。それが何に対する裏切りだって言うの?でも、怖いのよね。頭でっかちさん」

トルストイ運動に心酔しながらも、自らの意志を持って生きるマーシャが、トルストイを「神様」と信仰するワレンチンに言い切ったのだ。

「今の僕には、輝く未来が見える。君ほど強い人間はいない」

マーシャとの「性愛」を通じて、「肉体は本質ではなく、幻影にすぎないと」と信じていたワレンチンは大きく変容していく。

それは、「神様」に対する相対的な視線を獲得したことを意味する。

観念系の範疇で戯れていただけの彼の理想主義が、特定他者との「性愛」という、最も生々しい現実の渦中で穿たれていったのである。

秘密警察の監視から解放され、「トルストイ・コミューン」に戻ったチェルトコフが、この二人の目立った関係に訝って、ソフィヤの発言記録を任務にしたはずのワレンチンに不満をぶちまけたのは、ある意味で当然のことだった。

トルストイ夫妻に物理的にも心理的にも最近接した、青年ワレンチンが到達した人間観は、特定の老人を「神様」の如く崇めることの愚かさであり、「不完全な男と、不完全な女」(ワレンチンの言葉)しか存在しない「人類」の、しごく普通の結論だったが、それは、「性愛」という「単純なこと」(マーシャの言葉)=「世俗」の営為を、「人類愛」の名によって軽侮する行為への自己批判の意味合いをも含んでいた。



3  「この世にいるのは、不完全な男と、不完全な女だ」



ソフィアとチェルトコフの確執は顕在化し、その狭間で煩悶するトルストイの表情は、いよいよ暗欝になっていく。

左からサーシャ、チェルトコフ、トルストイ
「我々は人類の将来を案じてます。奥様に甘すぎます。失礼ながら奥さんは、作品で儲けるおつもりだ。著作権は、民衆の手にあるべきです。奥様は心のご病気です」

煩悶するトルストイに、財産の放棄を求めるチェルトコフの言葉である。

バルコニーの窓越しから聞き耳を立てていたソフィヤは、「陰謀」を画策すると決めつけているチェルトコフの行為に対して、怒り心頭に発し、不満をぶちまける。

「よくも私の家で、こそこそ陰謀を!私は13人の子供を産んだのよ。その私を裏切るの?」

運動としての理想主義と、生活を守るための現実主義の狭間にあって、煩悶するトルストイだけが、そこに置き去りにされていた。

それは、運動としての理想主義の膨張が必然的に招来する帰結点でもあった。

以下、その夜の夫婦の会話。

「私たちは、もう一緒に暮らせない。何があろうと、ずっと君を愛して来た。だが、もう限界だ」
「夫婦の歴史が、今の私たちを作ったの。それが愛なのよ」
「それが愛なのか?心穏やかに、静かに仕事をさせてくれぬなら、私は出て行く!」
「どこへ?」
「チェルトコフのところではない!」
「じゃ、どこへ?」
「君といれば殺される!」
「どこへでも行って!」

この現実を見て、トルストイに対するワレンチンの思いは、ますます、「神様」という偶像から離れていくばかりだった。

「神様」という偶像崩壊の現実を目の当たりにした若者もまた、唯一、心の拠り所にする個人愛を失う事態を経験する。

マーシャが「トルストイ・コミューン」から離れて、モスクワに行くというのだ。

「懺悔」を読んで、「怒りや執着、迷信、教会の縛りからの解放」=「自由と愛」こそ、トルストイ主義と信じたマーシャは、それを理解しないチェルトコフらと離れる決断をしたのである。

「私と一緒に来て」

マーシャの誘いである。

しかし、このとき、トルストイ夫妻から最も信頼されているワレンチンが、ヤースナヤ・ポリャーナを離れられる訳がない。

「分ってくれ。僕は行けない」

その思いを理解するマーシャは、ワレンチンと別離していくのもまた不回避だったのである。

一方、「人類愛」を声高に主唱するチェルトコフの執拗な要請に応じて、トルストイは不承不承、全作品の著作権を放棄する遺書にサインをする。

「ご気分でも?」とチェルトコフ。
「私も共犯だな。裏切り者だ」とトルストイ。

ソフィアのことを考えると、「主義」に殉じる思いが揺らぐのだ。

トルストイにとって、ソフィアの存在は、惚れて、惚れ抜いて一緒になった、「生涯の伴侶」(トルストイの言葉)だった。

「最初の数年は、信じられぬほど、怖いくらいに幸せだった」

サインを済ませたトルストイが、ワレンチンに吐露した言葉には嘘がない。

存命中から長年の不和に悩んでいたと言われながらも、半世紀近くも夫婦生活を延長できた根柢には、明らかに、16歳の年齢差が障壁にならないほどの、「夫婦愛」という個人愛なしに成立し得なかっただろうし、その関係の中で、価値観の齟齬に関わる事柄で幾度も夫婦喧嘩があり、その度に、長年の共存で培った経験則の包括性のうちに、時には、何もなかったかのように解消させてきたに違いない。

それでも、宗教的、且つ、道徳的な傾向の強い作品のみを上梓するに留まらず、トルストイ運動という名の、「人類愛」の「崇高」な精神に決定的に振れていった辺りから、ほんの少しばかり風景が変容していく。

それは、「夫婦愛」という個人愛が落ち着ける心地良きスペースを狭めていったかも知れないが、そこに「最愛の夫」の人生行程で惹起される煩悶が媒介されていても、悪筆で書かれた、「戦争と平和」を6度も書き直す伴侶の自負を傷つける何かではなかった。

「最愛の夫」の観念系の内的行程の稜線が伸ばされていっても、位相が違う二つの「愛」が、長年の間、培ってきた関係の力学の学習的累加の所産は、「夫婦愛」という個人愛を食い潰す破壊力を撥ね除けていたとも思われる。

では、トルストイ自身の生活が簡素化され、農作業に従事し、印税や地代の拒否という、人生観・価値観の齟齬が目立つようになり、最初の家出を試みるようになっても、「夫婦愛」という個人愛に収斂されていく学習的パターンのうちに処理されていったのか。

その辺りの経緯を映画から明瞭に読み取ることが難しいが、一つだけ言えるのは、人生観・価値観の乖離が広がっていけば、「夫婦愛」という個人愛が、それが心地良く立ち上げた時期のパワーを保持した状態で、なお、自立的に堅固な基盤を延長させていくには、相当程度の自覚的な修正力が求められるだろう。

しかし、ソフィアとの長年の不和が形成されていったという事態を認知することは、必ずしも、「夫婦愛」という個人愛が自壊し、関係を形骸化させていったという短絡的な結論を意味することにはならないのだ。

そこに、夫婦の心理的距離の問題を短絡的な言辞で処理し得ない難しさがある。

然るに、そこに「財産」の問題が濃厚に絡んでいくことで、いよいよ、この二つの位相の違う「愛」が関係の中枢に潜り込み、混乱させ、危機を顕在化させていく。

全作品の著作権を放棄する遺書にサインしたときの、トルストイの苦渋の表情は、「夫婦愛」という個人愛の自壊を覚悟する者の最終的帰結点を露わにするものだったのか。

ナイーブな性格傾向を有する男の煩悶を、ひしと感じさせる忘れ難いカットだった。

トルストイの苦渋の表情を視認して、自分の役割が終焉したと考えたワレンチンは、一度は断ったが、今は意を決して、マーシャのいるモスクワに行く旨を、チェルトコフに告げた。

「女に振り回されるな」とチェルトコフ。
「あなたは、運動の基本は愛だと」
「そうとも。トルストイの説く愛だ。人類を結び付ける愛」
「人類って何ですか?この世にいるのは、不完全な男と、不完全な女だ」
「だが、弱い心や愚かさは、愛を台無しにする。行きなさい。寂しくなるよ。ロマンチストくん」

「この世にいるのは、不完全な男と、不完全な女だ」という、当然過ぎる結論に達したワレンチンの認識もまた、「怒りや執着、迷信、教会の縛りからの解放」=「自由と愛」と言い切ったマーシャの生き方と、その価値観を共有するに至ったのである。



4  「不完全な男と女」が呼吸を繋ぐ人生の晩年を活写した一級の名画



ソフィヤから信頼されるワレンチン
マーシャの生き方と、その価値観を共有する意志を固めるに至ったワレンチンは、モスクワに行くことができなかった。

トルストイが遺書を書き換えた事実を、夫の日記を盗み見て知ったソフィヤが、常軌を逸して取り乱し、拳銃を振り回す発砲騒動の行為に及び、トルストイ自身がワレンチンに宿泊を求めた果てに、その夜遅く、父の思想に共感していた娘のサーシャに別れを告げ、主治医のドゥシャンを随伴し、行く当てのない家出を決行してしまったからである。

「ここでの人生は終わった」

これが、ヤースナヤ・ポリャーナの広大な邸と永久の別れを告げた、トルストイの言葉。

トルストイ本人から預かったソフィヤ宛ての手紙を、夫人に手渡すワレンチン。

「家での暮らしには、もはや耐えられぬ。静かな晩年を送るために、俗世を捨てる。孤独を求めて。行方が分っても、後を追わないでくれ。傷が深まるだけだ」

それを読み、半狂乱となったソフィヤは入水自殺を図るが、ワレンチンに救われる。

そんな折、シャモルジノ(シャモルジノ修道院で有名)にいるから会いに来てくれ、というトルストイの手紙を受け取ったサーシャは、矢も盾もたまらず、ワレンチンと共に父に会いに行く。

サーシャ(左)とドゥシャン(右)
ワレンチンが随伴したのは、「ただ、会いたいの。伝えて」というソフィヤの懇願を受容したからである。

かくて、トルストイ+3名(ドゥシャン、サーシャ、ワレンチン)の旅が開かれるが、82歳の老人の旅の厳しさという免れ得ぬ障壁によって、約束されたかのように呆気なく閉じていく。

ワレンチンはともあれ、主治医と娘を随伴した「孤独への旅」と形容も可笑しなものだが、どれほど「聖人」化された人格者であったとしても、所詮、私たちは、「不完全な男と女」が棲むだけの限定的、且つ、宿命的な世界の中でしか呼吸を繋げないのだ。

南ロシアのアスターポヴォ駅。

心身共に疲弊し切っていたために、すっかり体調を崩したトルストイは、駅長の自宅(官舎)に宿泊する。

孤軍奮闘のワレンチンは、ソフィアに電報で知らせるが、そこにチェルトコフがやって来て、衰弱するトルストイの容態を気にかけることなく、言ってのける。

「家出するとは快挙だ。我々の運動の勝利だ」

チェルトコフには、拠って立つ「神・トルストイ」の身体性を剥ぎ取った、観念系の自己運動にしか興味がないようだ。

駅には、大々的にトルストイの家出を報じた無数の新聞記者や、「神・トルストイ」の身を案じる人々が集合していて、その度に、ドゥシャンが報告するという加熱ぶり。

こんな状況下でのメディアの過剰性が、「神・トルストイ」の昇天の時を待機する本音を隠し込んでいる点において、時代の壁を越えている現象と言えそうだ。

チェルトコフワレンチン
そんな喧騒の渦中に、ワレンチンからの電報を受け、ソフィアが大急ぎで駆け付けるが、チェルトコフとサーシャは衰弱しているトルストイと会わせることを拒み、彼女を激昂させた。

ソフィアは仕方なく列車に戻り、ワレンチンと共に寒い列車内で夜を明かす。

翌朝、ソフィアが来たことを感知したトルストイは、「会いたいと言うなら拒めん」と漏らすが、「自宅にいます」と嘘をつくチェルトコフ。

父の反転する思いに、嗚咽するサーシャ。

「辛い。来てくれ」

この電報を送ったのはワレンチン

その相手は、モスクワにいるマーシャ。

今や、彼なりの根拠を持つチェルトコフも含めて、皆、辛いのだ。

チェルトコフもまた、人の心が全く分らない人間ではない。

過剰だが、理念系が極端に先行している分、酷薄な人間と見られてしまうのである。

その辺りの描写のリアリズムの切れ味は出色だった。

南ロシアのアスターポヴォ駅
その酷薄な人間が、過剰な理念系を押し出して、その酷薄さを露わにするシーンがあった。

「万が一、先生が懺悔でもしてみろ。取り返しがつかん。彼の理想も何もかも、全ての努力が無に帰する。静かな尊厳ある死。それが我々の願いだ」

ソフィヤをトルストイに会わせることを求めるワレンチンに、チェルトコフは声高に言い切った。

「家出とは快挙だ」とまで言い切った男には、トルストイがソフィヤと別れた事実のみが重要だったのである。

このチェルトコフの物言いに対して、ワレンチンは根柢的に批判する。

「あなたは偶像を作りたいんだ。人々をひざまずかせる偶像を。でも先生は、そんなもの求めちゃいない。あなたの作る偶像は、あなた自身の姿だ。夫人を呼ぶべきだ」

チェルトコフの本質を射抜く言葉であると言っていい。

「それだけは、何としても阻止する」

チェルトコフの確信的な返答である。

まさに、理想を「主義」とする男を偶像化し、絶対化することによって、それが自己目的化された「主義」に殉じる男のイメージを象徴するだろう。

同時に、「不完全な男と、不完全な女だ」という当然過ぎる認識にまで届き得たワレンチンは、トルストイ夫妻に最近接することで、人間をカリスマ化することに疑問を持った分だけ、自己を相対化できた若者だったのだ。

自己を相対化できた若者の努力が実ったかのように、夫婦の対面が具現する。

トルストイが危篤状態に陥ったからである。

「私の邪悪な心を許して!」

死の床にある夫への、ソフィアの叫びである。

まもなく、チェーンストーク(終末呼吸)の状態に入り、トルストイは逝去した。

トルストイの訃報は、ドゥシャンによって伝えられ、駅に集まっていた人々の悲しみの渦と化し、その一角は、まさに「巨星墜つ」の空気に支配されていた。

悲しみに暮れる人々の中で、マーシャの存在を視界に収めたワレンチンは、 それだけを待っている者の思いで駆け走り、熱い抱擁を交わす。

「先生は亡くなった」
「ええ。私がいるわ。ずっと」

これだけの会話だったが、強い思いに変換された言葉には力がある。

―― 本作を通して動かされ続けた、そのワレンチンプラハに移住し、作家となり、平和主義者という理想を生き抜き、1966年に他界した。

更に、「トルストイの全作品の著作権はソフィアに委譲」というキャプションがエンドロールで流されて、閉じていく映像の気迫は最後まで貫かれていた。


死の床にて
心の琴線に触れる名画との出会いに、充分に満足した112分だった。



5  無茶な理想を「主義」とすることの危殆なる風景 ―― 余稿として



ここでは、映画から離れて、このテーマで書いていきたい。

敢えて、映画との関連で言えば、トルストイ運動のリーダーであり、モスクワのトルストイ協会本部を指揮するチェルトコフをイメージした一文と言っていい。

何しろ彼は、そこに「映画的加工」が施されていることを承知で書けば、自らが採用したワレンチンから、「あなたの作る偶像は、あなた自身の姿だ」などと根柢的批判を受けるほど、「理想を『主義』とする男を偶像化し、絶対化することによって、それが自己目的化された『主義』に殉じる男」というイメージの濃厚な人物として、本作で描かれていたからである。

蚊を殺したトルストイに、「生き物を殺してはいけません」と注意したり、贅沢三昧であっても、13人の子供を育てるために苦労する、「高等世俗」の象徴でもある伯爵夫人・ソフィヤを「最大の敵」と断じるほどに、些か無茶な理想を「主義」として生きる人間の代表格 ―― それがチェルトコフだった。

「人類愛」を声高に主唱するなら、「パーソナリティ障害」とは無縁であってもなくても、なぜ、ソフィヤを「我々の最大の敵」などと切って捨てる行為に及ぶか、私にはとうてい理解不能である。

「人類愛」という名の「崇高」な精神で包括できないのか。

なぜ、そのための努力の一端を表現しようとしないのか。

チェルトコフ
「人類愛」という概念の定義すらまともに耳にしたことがない私にとって、この欺瞞的な3文字は、いつも薄気味悪い言辞でしかないのである。


―― 以下、「映画的加工」されたチェルトコフをイメージして、テーマ言及をしていく。


理想を持つのは悪いことではない。

時には、必要なことでもある。

人生に具体的な目標を立てることが可能であるからだ。

 人生に具体的な目標を立てられれば、その時点での自己像を鮮明にできる。

自己像を鮮明にする知的行程に失敗しない限りにおいて、自己を相対化し、実現可能な理想に向かう時間を創造し得るだろう。

その心地良き時間に酩酊するのもいい。

或いは、その行程で惹起した心地悪き時間を責めるのもいい。

鮮明にしたはずの自己像の輪郭が、時にはファジーになるやも知れぬ。

 トルストイとソフィア
それでも、内側で確保された理想のイメージラインが根柢的に自壊しない限り、人生は幾らでも復元可能である。

ファジーになった自己像の輪郭が、より実現可能なイメージラインのうちに変換されていくからである。

これは、とてもいいことだ。

過剰に振れていかなかったからである。

過剰に振れていかなかった時間を受容し、柔軟に変換されていく人並みの技巧を肯定的に認知すれば、理想を持つことの意味が、その者の固有の人生の彩りの中で、一定の継続力を保持して生きていく。

具体的な目標を標榜した人生の中で生きていくのである。

いつしか、ごく普通のサイズの人生の軌跡の中で、理想と現実は融合し、そこに何の矛盾もなく、本来、そこに辿り着きたいと思わせる観念のギミック(手品)のうちに軟着していくだろう。

これは、とてもいいことである。

ところが、ごく稀に、この世に、理想と現実を融合させていく、ごく普通のサイズの人生の軌跡と切れ、寧ろ、それを否定的に克服したと信じる生き方を選択する人たちがいる。

些か無茶な理想を「主義」にしてしまう生き方である。

無茶な理想を「主義」にしてしまうから、大抵、理想を現実に合わせることを拒絶する。

現実を理想に合わせてしまうのだ。

これを、妥協なき究極の理想主義という。

このような理想主義が厄介なのは、人間の複雑な感情の振れ幅に対して無頓着なところにある。

この無頓着さが、人生の現実で惹起する、様々に複層的で、容易に折り合いをつけにくい、困難な問題が抱える矛盾を短絡化させてしまうのだ。

旅の最終到達点
しばしば、理想主義という、存分に観念系の言辞が集合する、「絶対無敵」の価値観にフィットし得ないような困難な現実の問題をも強引に吸収させてしまうことで、不協和音が生じる事柄をも呑み込み、矛盾の解決を観念的に裁断し、簡便に処理してしまうのである。

しかし、この過程は必ずと言っていいほど、問題の処理を、より厄介なものにさせていく。

本来、現実と上手に折り合いをつけ、理想を具現していく知的過程が求められているにも拘わらず、人生の現実で惹起する複雑な問題に潜む矛盾の解決を軽視し、一切を理想主義という観念系の処理に吸収させることで自己膨張していくのである。

膨張し切った理想主義が破綻するのは、常に、このような風景を露呈する運命から逃れられない。 

一人の人間の中に、あらゆるものが入り混じり、複層的に重なり合っている。

 複層的に重なり合っているものは、矛盾なく統合され、常に整合性を保持している訳ではない。

 時には激しく葛藤し、傷つけ合い、潰し合っていく。

 
レフ・トルストイ(ウィキ)
人間の複雑さは、その内側に複層的に重なり合って棲んでいる感情・情動が、それが本来、安寧できる場所に容易に軟着し得ず、落ち着けない情況性において止めを刺すだろう。

 だから、人間の複雑さは、人間の感情の複雑さであると言っていい。

そんな厄介な現象に翻弄されつつも、何とか折り合いをつけ、個々の人生を繋いでいくが、それが軟着し得ずに騒いでしまえば、当然、心の振れ幅は大きくなる。

些か無茶な理想を「主義」とすることの危殆なる風景。

それは、理想を支えるはずの現実を潰し、遂には、「主義」としての理想を絶対化することによって、いつしか、それが自己目的化されてしまうことの怖さである。

そこには、もう、観念系の妖怪だけが騒ぎ、暴れてしまっている。

人間は、ここまで下降することができるのだ。

人間は、ここまで自己に酩酊することができるのだ。


【拙稿 人生論的映画評論・続 「フライト」より抜粋】


(2014年6月)

0 件のコメント:

コメントを投稿