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2016年3月29日火曜日

おみおくりの作法(’13)    ウベルト・パゾリーニ

「孤独死」のリアリズムの風潮を反転させ、「葬送儀礼」の本質を描き切った秀作>



1  「孤独死」した人の葬儀に誠心誠意を尽くす男の物語



道路を渡るとき、車が通らない状況下でも、青信号になって、左右を確認し、道路を渡る男がいる。

この極端に几帳面な性格を持つ男の名は、ジョン・メイ(以下、ジョン)。

様々な事情で「孤独死」した人の葬儀を執り行う、ロンドンの民生係に勤めるケニントン地区の公務員である。

そのジョンの極端なまでの几帳面さは、「孤独死」した人たちの複雑な事情を慮(おもんぱか)り、遺品から読み取った故人の人生の「物語」に華を添えるかのような葬儀を演出し、最後は、一個人としても記憶に留めるために、誰もいない自宅で、故人の写真をアルバムに収めて弔う行為に表現されていた。

それが彼の、自分が手厚く弔った人たちへの「おみおくりの作法」だった。

そんなジョンが、ある日、同じアパートの向かい側の棟に住む、一人の男の「孤独死」に直面する。

その男の名は、ビリー・ストーク(以下、ビリー)。

上司のプラチェットによってジョンが解雇されたのは、そのビリーの「おみおくりの作法」を始めようとしたときだった。

ジョンの念入りな「おみおくりの作法」が、「時間のかけ過ぎで、火葬でいいのに葬儀が多過ぎる」(上司の言葉)が故の経費削減によって頓挫させられるに至る。

ジョン
かくて、勤続22年間のジョンの最後の仕事は、ビリーの葬儀を執り行うこととなった。

ビリーが残したアルバムに貼ってある、一人娘らしい女の子の写真を伝手(つて)に、彼の足跡を調べ上げていくジョン。

「ひどく短気で、会社と組合の両方とやり合って、突然、仕事を辞めた」

ビリーが勤めていた製パン工場の同僚の言葉である。

フィッシュ・アンド・チップス店の美人の女とウィットビー(ノース・ヨークシャー北海に面するにある港町)に行った事実を知らされ、意を決して、ジョンは長い旅に打って出る。

「私の頼みで彼は越して来て、船で仕事を。でも、EUの政策のせいで廃業、ここを手伝い始めた。衣にビールを混ぜたりして、お客に喜ばれたし、ずっと一緒にいられた」

ウィットビーに着いたジョンが耳にした、フィッシュ・アンド・チップス店の女・メアリーの言葉である。

ビリーが家族を望まず、アルコール依存症でもあった、と語るメアリー。

メアリー
だから、ロンドンでの葬儀には行かないというのだ。

「あいつは異常だよ」

ビリーの死を知らされても、こんな反応をする男もいた。

アパートの自宅に戻ったジョンは、手がかりが掴めないで悶々としていた。

どうしても「最後の葬儀」を完結するために、上司のプラチェットの許可を取って、再び旅立つジョン。

ビリーの娘・ケリー・ストーク(以下、ケリー)の勤務先が分り、会いに行ったのである。

犬の世話をする職に就くケリーに父の死を知らせ、特段に驚きの表情を見せなかった彼女に、少女時代の写真が満載されているアルバムを見せたことで、二人に会話が生まれる。

「ある日、私の18歳の誕生日に電話をくれたの。でも、誕生日には触れず。知ってたはずよ。知らない訳ないのに。そうでしょう?」
「もちろん。覚えていたでしょう」
「刑務所から酔ったような声でね。父はどん底にいたの。出所前に誤解を解いて、謝りたいと。疑いつつ、母と面会に。最初は父と分らず。でも、父には私が分ってた。8年ぶりなのに。部屋に入った瞬間に。父と向き合った途端、感情が噴き出した。どこからか一気に。父を責めたわ。母と私を捨てたこと。その身勝手さ。父は怒鳴り返してきた。絶対に負けたくない人だから。あとは最悪。看守が止めたけど、父は看守を殴って、部屋を出て行き。父とは、それっきり」

ケリー
このケリーの話によって、ビリーという男の性格傾向の逸脱性が判然とする。

そのビリーが、フォークランド紛争のパラシュート部隊に属していて、親友がいることを知らされたジョンは、ジャンボという名の老人に会いにいく。

「命の恩人だ。フォークランドの山で俺を見捨てないでいてくれた。除隊後、ビリーは路上生活者に。酒は忘れさせてくれる。人を殺した恐ろしい記憶はな」

「ならず者の集まりだった」と言うパラシュート部隊の親友・ジャンボが語るビリー像は、犯罪者の臭気のみを漂わせていたそれまでのイメージを変えるような人物像を印象づけるものだった。

そのジャンボから、ビリーがバークレースクエアで路上生活していたと聞かされ、ロンドンのバークレースクエアに赴くジョン。

バークレースクエアの路上生活者から、ジョンは再び、ビリーの意外な面を知らされるに至る。

路上生活者のビリーには、レズリーという名の恋人がいて、「二人はいつも、静かに並んでベンチに座ってた」(路上生活者の話)と言うのだ。

バークレースクエアの路上生活者ジョン
路上生活者と共に高級なウィスキーを飲み、リラックスするジョンがそこにいた。

映画の中で初めて見せる、解放的なジョンの相貌性は、彼の中で何かが変わり、何かが動き始めたようなシンボリックな構図であった。

それは、ビリーの調査が終了した瞬間を意味する。

このシークエンスは、一面的な見方で人間をジャッジする愚を戒めるメッセージとして受け止めたい。

当然のことながら、中年になっても独身でいるジョンの 「面白味がない寂しい人生」という、一方的な決めつけの不遜さへの戒めでもあるだろう。

まもなく、ケリーから葬儀に出るという連絡を受けたことで、カフェで待ち合わせて、ケリーと葬儀の相談をするジョン。

赤の他人の葬儀に誠心誠意を尽くす男の行為は、充分過ぎるほど、公務員の仕事の範疇を越えていた。

男のその熱意が、彼女の心の琴線に触れたのだろう。

ジョンの「最後の葬儀」は、いつものように、殆ど完璧に終焉していく。

何かが変わり、何かが動き始めたような男の人生が急変するのは、アイロニーと呼ぶべきパラドックスで処理し得る厭味を突き抜けていた。

不運にも、ジョンはダブルデッカー(2階建車両)に刎ねられ、天に召されてしまうのである。

ビリーの葬儀
程なくして、ジョンによって譲られた墓地の一区画で、ビリーの葬儀が執り行われていた。

そこには、ビリーの葬儀への出席を拒んだ者も含めて、想像以上に華やかな彩りの中で葬儀が遂行される。

ラストシーン。

ビリーの葬儀の同じ墓地の一角で、ジョンの葬儀が密やかに営まれていた。

誰もいない参列者に代わって、ジョンの葬儀に参列したのは、彼が生前、丁重に葬儀を執り行った多くの死者の群れだった。



2  「孤独死」のリアリズムの風潮を反転させ、「葬送儀礼」の本質を描き切った秀作



初恋のきた道」(1999年製作)でも描かれていたように、故人と所縁(ゆかり)のある人々が、遺骸を埋葬地まで葬列を組み、送っていくことを「野辺の送り」と言う。 

自宅で葬儀を行い、遺体の埋葬を行う場所=「野辺(埋葬地)」への移動は、故人と所縁(ゆかり)のある人々が、棺桶を担いで移動していたのである。

この「野辺の送り」に参加する人々には、位牌持ち、香炉持ち、燭台持ちなど、それぞれに役割を振り当てられていた事実で分明なように、「野辺の送り」は、「葬送儀礼」の中で最も重要な儀礼の一つであったと言っていい。

野辺の送り・大村屋葬儀社/HPより
言わずもがな、現代の葬儀には、これが殆ど見られない。

「看取り」⇒「通夜」⇒「告別式」⇒「火葬」⇒「四十九日」といった、一連の葬送プロセスが形式的に残っているが、昨今の葬式のスタイルの多様性によって、「直葬」(同居家族による火葬のみ)、「家族葬」(親族のみ)、「ホテル葬」(パーティー形式)、「桜葬」(自然を志向する「樹木葬」の一種)などと呼ばれる葬儀が現出している。

思うに、葬送の「葬」という字を分解れば、上下で死を隠す(死体処理)という意味を持つ。

その根柢には、屍体に対する恐怖感が潜在化しているのである。

同時に、死者の霊を慰め、鎮めるという「鎮魂」の意味を持ち、この二つの観念が並存する現象が、葬送の本質である。

「死体処理」と「鎮魂」―― これが「葬送儀礼」の本質である。

「葬送儀礼」・bisメンバーズフォトより 
葬式のスタイルの多様性が現出しても、この葬送の本質に背馳(はいち)しないのである。

従って、パーティー形式の「ホテル葬」の現出は、現代人の「心の荒廃」を意味しないのだ。

「直葬」や「家族葬」も含めて、現代社会の葬送の多様化の現象は、共同体社会の崩壊に淵源(えんげん)する。

共同体社会の崩壊によって私権の拡大的定着が進み、「他者の不幸」より、「家族の不幸」を優先する都市社会の生活様式が一般化するのである。

だから、都市社会の様々な快楽装置の只中に囲繞されている者が、「他者の不幸」に無関心になりやすいのは、隣人の不幸が我が家の不幸になりやすかった共同体社会の構造性と無縁でいられるからであって、恐らく、それ以外の何ものでもないであろう。

然るに、「鎮魂」の対象にならない「孤独死」の現出が、各種メディアを賑わすようになってきた。

「孤独死」による「孤独葬」は、屍体に対する恐怖感から、死を隠す(死体処理)という外面的手続きが施されても、死者の霊を慰め、鎮めるという「鎮魂」の内面的手続きは形式的に処理されるようになったのである。

―― ここから、映画の批評に入っていく。

映画の主人公・ジョンもまた、孤独だった。

感動的なファンタジーの挿入さえなければ、彼の死も「孤独死」の印象が強い。

「寄る辺なき関係状況」

これが、孤独についての私の定義である。

しかし、ジョンという生真面目な男の生活風景から、この「寄る辺なき関係状況」を強く印象づけるのは難しい。

なぜだろうか。

言うまでもなく、彼の「葬送儀礼」の内実が、「鎮魂」の対象にならない「孤独死」のリアリズムの風潮に対して、「鎮魂」というコアを堅固に定着させたことで、死を隠す(死体処理)という葬送の意味が希釈化されたからである。

「鎮魂」することで、死者と繋がる。

死者と繋がることで、生者の孤独感・孤立感が希薄化し、払拭されるのだ。

死者との「非言語コミュニケーション」によって、死者の「物語」を作っていく。

それが、ジョンの〈生〉に「意味」を与え、常に自己完結的な時間を保証する。

そこに、実存的な感覚が生まれる。

考えてみるに、人間の全ての行動はコミュニケーションである。(人間コミュニケーションの下位公理)

人間はコミュニケーションしない訳にはいかないからである。(人間コミュニケーションの第一公理)

ここで私は、「パンクチュエーション」という心理学の概念を想起する。

ごく普通に、「句読点・句読法・区切り方」という意味で使用されているが、ここでは、それを包括したコミュニケーション心理学で説明したい。

自分を囲繞する状況に溢れる情報群から、何らかの基準で特定の情報を切り取って、そこに何らかの意味を与え、それを自分なりの見方で理解する。

簡単に言えばそういうことだが、ジョンの場合、「孤独死」した者に対して、「おみおくりの作法」=「葬送儀礼」という基準で、アルバムなど、死者の情報を切り取り、そこに「物語」という意味を与え、それを彼なりの見方で受容する。

ジョンは、死者との「非言語コミュニケーション」によって「葬送儀礼」を具現化し 、その度に、彼なりの理解の仕方で「自己完結」(区切り)していくのである。 

死者との「非言語コミュニケーション」は、彼の「パンクチュエーション」のコアになっているが故に、ジョンには「寄る辺なき関係状況」という孤独に捕捉されるているという印象を受けないのだろう。

だから、「『死』や『孤独』を通して『生』を語っている映画」と言う、ウベルト・パゾリーニ監督の言葉は、とてもよく理解できる。

この映画の中で、ジョンなりの理解の仕方で「自己完結」(区切り)していく「葬送儀礼」が、彼の内面世界で自然裡に溶け込んでいる現象が納得できる小さなエピソードがあった。

「葬儀は死者のためのものじゃない。弔う者がなければ不要だ。残された者にしても、葬儀や悲しみを知りたいとは限らない。どう思う?」

このプラチェットの問いに、ジョンはくぐもるように答えた。

「そう考えたことは一度も」

彼には、このような反応しかする術がない。

「とにかく、死者の想いなど存在しないんだ」

これだけの会話だが、「葬送儀礼」の本質を端的に伝える、極めて重要なシーンである。

葬儀に対する見解が根本的に異なる者同士には、有効なコミュニケーションなど存在し得ないシビアな現実が、このエピソードに収斂されているのである。

「死体処理」に集約される運命を免れ得ない「孤独死」のリアリズムの風潮に、一欠片(ひとかけら)の疑念を抱かないプラチェットの思考と、「孤独死」した者に対して「鎮魂」という「葬送儀礼」を施す行為に、何の疑念を抱かないジョンの思考の対比こそ、この映画の基幹メッセージであると、私は考える。

この映画が、「孤独死」のリアリズムの風潮を反転させ、「葬送儀礼」の本質を描き切った秀作である印象は、このシーンを挿入したことで強化されているのだ。

しかし、「葬儀は死者のためのもの」であると考えるジョンに、プラチェットから解雇通告を受け、「Still Life」=“もの静かな人生” に何の不満もなかった、ジョンの念入りな「おみおくりの作法」が、最後の仕事になった時、彼の「おみおくりの作法」は「最期の仕事」に変換されてしまうのだ。

即ち、死を覚悟して、「最期の仕事」に臨むジョンが、その「おみおくりの作法」を念入りに執り行い、一切を終焉させた時、彼は自死に振れていくのである。

だが、頓挫する。

それほどまでに、ジョンの勤続22年間の仕事の内実は、彼の人生の「物語のサイズ」に合った「何ものか」だったのだ。

だから、悔いはない。

皮肉にも、悔いはなかった彼の自死が頓挫した時から、極端に几帳面な性格を持つ男のその生活風景に変化が現れる。 

その予兆はあった 

路上生活者と共にウィスキーを飲み、リラックスするジョンの解放的な相貌性は、「葬送儀礼」による死者との「非言語コミュニケーション」を繋ぐ彼の内側で、何かが動き始めたようだった。

ここから、ジョンの内面が「解放系」に振れていく。

恋の予感もあった。

しかし、それは、彼の44年間の人生が、くすんだ色彩に満ちた意味のない時間を累加させたものだったということではない。

ウベルト・パゾリーニ監督も、インタビューで語っている。

「『やっとジョン・メイに幸せが訪れた』と思う人もいるかもしれませんが、そういうふうに思ってしまうということは、つまり、ジョン・メイのそこまでの人生がいい人生ではなかったということになってしまう」

とても共感できる。

ジョンは「最後の仕事」を通して、彼の人生の「物語のサイズ」に合った時間の累加の内側に、「解放系」という鮮度の高い情報が新たに加わったということなのだ。

最初から結末を決めていたと言うパゾリーニ監督だが、仮に、ジョンが延命を図る設定が可能であったとしても、「物語のサイズ」に合った「何ものか」が劇的に変わっていくことなく、「解放系」の情報を摂取した誠実な人柄のイメージだけは捨てられなかったに違いない。

ジョンという男は、一歩間違えれば、「孤独死」した人たちの人生に勝手な「物語」を演出し、思い通りに「自己完結」(区切り)していく行為を「趣味」にする男への反発を招来しかねない人物だったが、本作は、「孤独死」した人たちへの男の思い(「鎮魂」)の深さを描き切ったことで、持ち前の誠実な人柄の人物造型に成就したと思わせる映画だった。


(2016年3月)

6 件のコメント:

  1. エディ・サーマンって印象に残る役者ですね。
    「アリス・クリードの失踪」と「ミヒャエル」ですよね。・・・と、打ち込んでから気になり調べてみましたが、なんと「ミヒャエル」の人ではなかったのですね。完全に誤解していました。雰囲気が似ていたので・・・
    「ミヒャエル」は、ハネケつながりですので、見られていますでしょうか?
    最低な話しですが、どうしても心に残ってしまう映画でした。

    私の住む町は、子供の誘拐事件で有名です。実際私の住む近所で起こっている事なので、いくつかのルポを学生の時から読んでいて、例の無罪判決が出る前から、「Sさんを守る会」には時々参加していました。サリン事件で疑われたKさんを呼んで講演会を催した時にも参加しています。
    少し触れると、Sさんは幼稚園のバス運転手でした。守る会代表のNさんも実はバスの運転手です。朝すれ違うだけの関係でしたが、Sさんが逮捕された時に、「まさか」と思い、そこから自分で調べていき、活動を始めました。
    普通の主婦なので、実際にはかなり苦労されたと思います。
    ご存知の通り、なかなか再審請求は通る事ではないので、私は期待を全くしていなかったのですが、あのような結末になり、Nさんがテレビの片隅に何度も写っているのを見るたびに、「本当にこの人の信念は世の中を動かしたんだな」と実感しました。
    話しが長くなり、映画からずれてしまうのでやめますが、連続誘拐事件の犯人を特定したと主張するライターがいます。飯塚事件という死刑が執行されてしまった事件を掘り起こされたくないために、栃木の件は逮捕されないのだと主張しています。
    私は犯人が誰なのか、不幸な子供たちへの責任・報いは誰が取るのか、非常に気になりますので、出来ればいつか事件が解決してくれればいいと思っています。またそのために自分が何か出来ないのだろうかと本当に考えています。
    おっと、すみません。話し出しから脱線して、とてつもなく離れた所に来てしまいました。自由人ですみません。

    上記のKさんの話していた事を少し思い出しました。
    「自分が無実であるのに、奥さんが被害者になっているのに、お前が犯人だろ!と連日連夜詰問してくる刑事に対して、怒りは無かったのですか?」という質問にKさんがこのように話しました。
    「赦してやろう、と思いました。この人たちは無知なんだと。そのように自分を相手よりも高い位置に置かなかったら、気が狂っていただろう」

    実は先日あるカメラマンが、撮影に関して一番大事な事は「赦し」だと言っていました。被写体を「赦す」し「受け入れる」事から始めなければ、被写体の良さを引き出す事は出来ない、という話しです。

    遠くに来すぎたので、ここまでにします。失礼しました。

    ちなみに読み返してみたら、突然誘拐事件の話しになっている感じがしていて、怖い文章でしたね。これはもちろん「ミヒャエル」つながりの話しです。見ていなかったら、変な流れになっていると感じるだろうと思い、修正させていただきました。

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    1. コメントをありがとうございます。
      エディ・サーマンは、「思秋期」のDV夫役しか観ていないので、あまりの変貌ぶりに驚いています。さすが、プロの俳優だと思いました。
      「ミヒャエル」という映画については、全く知りませんでした。簡単に調べましたが、テーマの重さに惹かれるものの、多分、DVDは手に入らないでしょう。
      マルチェロヤンニさんが言及した事件は有名なので、よく覚えています。この事件で問題なのは、虚偽自白の強要とDNA鑑定の不全性に尽きると思います。前者については、「『脆弱性』―― 心の風景の深奥 或いは、『虚偽自白』の心理学」に詳細に書いたので、興味がありましたら、ご覧ください。拙稿でも書いたように、味方のいない密室で取り調べのプロに対峙したら、自白するまで釈放しない、「人質司法」の状況下(裁判員制度における、取り調べの可視化の実験的導入によって、近年は変化が見られます)にあって、殆ど敗北を余儀なくされるでしょう。理性を保てるギリギリの心理状態の中で、人間の脆弱性が炙り出されてしまうからです。後者については、当時のDNA鑑定の精密度は極めて限定的ですから、決定的な証拠になり得ません。因みに、現在、冤罪被告を探し出して救済する、「イノセンス・プロジェクト」が立ち上げられ、期待されています。このような冤罪事件の場合、孤立する冤罪被害者を支える支援者たちの活動がとても重要であることを、つくづく思い知らされます。

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    2. 拝読しました。
      あの事件の裁判を傍聴されていたのですね。
      私はどこからどこまでが真実かよく分からないまま、事件の凄惨な内容に言及する数々の書籍に触れる度に、怒りによる軽いめまいを感じていました。事件に憤り、少女の無念さに心を掻きむしられる思いでした。今回も文章を読むだけで、「辛い」の一言です。また数日私の心がざわつきそうです。
      今でも時々テレビや雑誌で、事件の呼称が使われてます。正直に言うと、それさえにも私は本当に胸が痛くなります。「女子高生〜」と書いた時の、女子高生は今は亡き犠牲者ただ一人を指し示している訳ですので、コンクリートと並べて表記される事にも、「もうこれ以上彼女を苦しめないで欲しい」「犠牲者と事件をもう結びつけないで欲しい」という感情が生まれてきます。
      「パンズ・ラビリンス」という名作がありますが、現実の世界が受け入れる事の出来ない陰惨な世界なのであれば、夢の中に生き、その中で生き死んでくことも良しとしたい思いもあります。
      何れにしても、私も地裁に行き、いくつかの事件の傍聴をした事がありますので、教育者であったGさんがどのような気持ちで傍聴されていたのか、少しは察する事が出来ます。本当に大変な事だったろうと思います。今私が代われるとしたら、きっと黙って座っていられないでしょう。

      人間の心の脆弱性に関しては、私も実体験があります。それに関して、オブラートに包んで説明しようと考えておりましたが、あまりの感情の高まりに、どうも上手く整理出来る自信がありません。
      結論から言ってしまえば、眠気には勝てませんね。ほとんどの人が一晩もかからず、自供するのではないでしょうか。もちろん問われている内容にも寄るとは思いますが、私は一晩も持ちませんでした(もちろん警察ではないですが・・)。
      そして不思議な事に、納得していない事でも、一度「分かりました。その通りです」と服従して認めてしまうと、その認めた自分というのを継続しなくては行けないような責任感に囚われ始めるんですね。
      自分は「今一時、認めるだけ」と思っても、私から言質を取った相手が、その事に寄って次のステージに行っているために、もう前のステージには戻る事が出来なくなっているんですね。これは怖い。
      最近でも、自白の信用性を問われた重大事件がありましたが、私は基本的には「疑わしきは罰せず」。疑いもなく凶悪な犯罪を犯した者には、「極刑以上の血祭りを!」という過激思想を持っていますので、最近は裁判を傍聴していません。ただでさえ心臓があまり丈夫ではないので、とても耐えられる自信がありません。

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  2. コメントをありがとうございます。
    読んでいただいて感謝します。マルチェロヤンニさんも恐ろしい体験をされているのですね。その気持ちは、とてもよく理解できます。
    私がこの事件に深い関心を持つ点は、二つあります。
    一つ目は、既に、この事件について100人以上の生徒らが拉致監禁を知っていながら、何もしなかったこと。更に、生徒たちを通して、何らかの情報を得た少なくない大人たちも、見て見ぬふりをしていたと言われる事実。正直、激しい怒りの感情を抑えられません。子供の非行に対峙できない大人たちの腰の引け方。この現実に暗澹たる気持ちになります。
    二つ目は、相変わらず、「なぜ、逃げなかったのか」などという言説を、メディアが垂れ流している愚昧さ。これは、現在に至っても殆ど変わっていません。それを、テレビのコメンテーターと称する者たちの呆れ返るほどの物言いを耳にして、今では、テレビを観ることを一切止めています。キレイごとしか言えない大人と、人間の心の深い闇について、無知で鈍感すぎるメディアへの憤怒。この二点です。
    そして、もし私が、このような状況に囲繞されたならどうするか。それを考え続けました。そこで出した結論は、警察に連絡し、事件への介入を粘り強く求めます。それでも動かなかったら、多分、理解ある大人たちを集団化し、恐怖突入するでしょう。それをしなければ、一生、罪の意識に苦しむからです。私自身、「終わりなき、姿態の見えない悪ガキたちとの戦争」(心の風景)という拙稿の中で、私の塾をバカにする非行中学生たちと「戦争」し続けてきた過去があり、そこで得た教訓が、「大人が決して逃げないこと」でした。
    映画の話とだいぶ離れてしまいましたが、いつも、丁寧なコメントを寄せていただいて感謝しています。

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    1. 以前に「先生を流産させる会」で一度読ませていただいておりましたので、だいたい承知しておりましたが、今回「心の風景」を読ませて頂きまして、より深く考えさせられました。
      「大人が逃げない態度を取る」という事が、非常に大切ではありますが、その言葉の重みというのは、想像以上の物があるはずです。私も様々に出来する事象の背景や、自分の立場や将来の打算などいろいろなベクトルの力学の中で、どうしてもファジーに対応し、「分かってくれるだろう」「そこまでは行かないだろう」「最悪の事態になったらどうしよう」と逡巡をくり返す日々の連続です。そんな中、成功者と話しをすると必ず見えてくる答えが、「余計な事は考えず正しい事をする」という事です。そうはいっても私のような立場だと、一刀両断に事に対処する事は出来ませんが、やはり戦う時は徹底的にやるべきだとは常に思っております。これからは、ますますその意識を持って行きたいと思います。

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    2. >戦う時は徹底的にやるべきだとは常に思っております。

      同感です。
      17年間の学習塾時代は、奇麗事によって開塾した私の空疎な「ロマンチシズム」を根柢から壊す、自己史の最大のエポックメイキングな経験でした。反省満載ですが、悔いはありません。なぜならば、〈私の状況〉(昔、実存主義哲学の影響下で思考した、「覚悟して引き受ける内的状況」という意味の私の造語)を作り出し、それを引き受け、私なりに完結させることができたからです。

      映画のブログなので、「おみおくりの作法」のジョン・メイの生き方で説明すれば、こういうことでしょうか。同じアパートの向かい側の棟に住む、一人の男の「孤独死」の葬儀を執り行うことを最後の仕事にした時、初めは、単に〈状況〉でしかなかった出来事が、それを引き受けたことで、その仕事はジョンにとって、〈私の状況〉に変容したのです。ジョンは、〈私の状況〉を構築し、それを引き受け、彼なりに完結させたと思います。だから、
      悔いはないのでしょう。

      それを、私は、こういう風に考えます。
      リアリティには、「客観的・公共的リアリティ」と「主観的・個人的リアリティ」があります。ジョンは、他人事でしかない〈状況〉=「客観的・公共的リアリティ」を、〈私の状況〉=「主観的・個人的リアリティ」に変換させたのです。リアリティが「主観的・個人的リアリティ」に変換された瞬間に、すべて〈私の状況〉を生きることになります。
      あとは、その〈私の状況〉の展開の内実への評価の問題のみです。だから、「孤独で、寂しい人生」と笑われても、ジョンは全く気にしないでしょう。
      私の思いも、ジョンと同じです。〈私の状況〉を作り出し、それを引き受けた限りは自己責任の問題です。

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