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2013年5月25日土曜日

かぞくのくに(‘11)        ヤン・ヨンヒ



<「全体主義という絶対記号」に支配される構造を家族に特化して描き切った映像の凄み>




1  帰還者の期間限定の一時帰国 ―― 物語の前半の簡単な梗概




かつて、「在日朝鮮人の帰還事業」によって、16歳で海を渡った在日コリアンのソンホが、「朝鮮総連」(在日本朝鮮人総聯合会)と思しき北朝鮮系の組織の幹部(東京支部の副支部長)の父の尽力もあって、3ヶ月の期間限定という条件で、一時帰国が実現した。

理由は、脳腫瘍を患っているソンホの治療のため。

家族を持つソンホの国には、MRI(核磁気共鳴画像法)検査が受けられる先端医療が整備されていないのか、それともVIP使用限定の故に、商品の供給も最優先で行われると言われる特別待遇の平壌市民であったとしても、先端医療とは無縁な生活を強いられているのか、詳細は不分明である。

ともあれ、ヤンという名の監視人付きだが、25年ぶりに、父母と妹の住む「かぞくのくに」に戻ったソンホは、家族、叔父、友人らから暖かく迎えられ、物語の前半の色彩感のイメージは暖色系のノスタルジアのうちに染められていた。

ソンホの一時帰国
以上が、物語の前半の簡単な梗概である。



2  「かぞくのくに」の風景の中枢から蹴散らせていく柔和な空気の残骸



近代的な基本的人権の欠落という意味で、奴隷制国家と思しき、「全体主義という絶対記号」が支配する圧倒的な重量感の中で、その記号に支配される家族の情緒的結合力が摩耗され、甚振(いたぶ)られ、剥ぎ取られていく物語 ―― それが、本作に対する私の基本的解釈である。

一貫して「朝鮮総連」という言葉が使用されることはないが、「全体主義という絶対記号」が表現する国家が、金日成父子の肖像によって北朝鮮を意味しているのは自明である。

然るに、「全体主義という絶対記号」の権力関係の支配力の理不尽な構造の内実のみをイメージさせることで、特定の国家に対する特定の政治的メッセージ性が希釈化され、どこまでも、「全体主義という絶対記号」が分娩する負の状況に翻弄される、一つの家族の自己運動の捩(ねじ)れ切った様態が、物語の中枢ラインを成している。

ここでは、本作の中で最も重要なシーンを再現してみたい。

それは、物語の風景を決定的に変容させてしまうシーンであるからだ。    

以下、ソンホと、妹リエの会話。

ソンホと妹リエ
兄のソンホが、言いにくそうに、妹リエに話しかけた。

「何?」とリエ。
「さらっと聞いて、正直に答えてくれればいいんだけど・・・今後、例えば、指定された誰かに会って、話した内容を報告するとか、そういう仕事する気あるか・・・」
「それは、スパイっていうか、工作員みたいなことをするってこと?」

一気に空気の澱みが作り出す「間」を裂いて、怪訝な様子でリエは反応するが、兄のソンホは間髪を容れず、答えた。

「そんな大袈裟なことじゃないんだよ。色んな人に会って、話した内容を報告する仕事だよ」
「もし、断ったら、オッパ(兄)に迷惑かかる?もし、引き受けたら、オッパのお手柄になるの?」
「いや、そういうのはどうでもいい」
「ほんとに?全く問題ない?」

語気を強めて、リエは尋ねた。

「ああ、関係ない」

兄の反応は弱々しい。

「全く興味ない!そんな仕事、関わりたくもない!」

堪えていた感情を吐き出すように、リエは、ひときわ語気を強めて言い切った。

少し「間」をおいて、今度は冷静に語るリエ。

「オッパに、そんなこと言わせた上の人に言っといて。妹は、我々と相反する思想を持った敵ですって、はっきり言っておいて」

雑誌のページを意味なく捲(めく)る態度のうちに、それだけは言いたくない言葉を放った男の空しさが表現されていた。

「ごめん」と妹。
「謝んなよ」と兄。

リエ
兄の辛い気持ちを察する妹と、大切な妹に、このような反応を強いてしまった兄との会話が閉じていったとき、兄の一時帰国が隠し込んでいた目的の一端が露わにされて、もう、これまでの柔和な空気が、虚構でしかないユートピアとしての、「かぞくのくに」の風景の中枢から蹴散らせていくようだった。

柔和な空気の残骸を拾えなくなった物語は、「かぞくのくに」が開いた隙間に吹き込む冷風によって、その情緒的結合力の脆弱さが露わになっていく。

物語は、ここから一気に反転する。

空気が変容したのだ。

冷静な気分に戻れないソンホは、全てを知っていながら、最も肝心な話を封印してきた父に対して、憤怒の感情をダイレクトに投げつけていく。  

「私も組織の人間だ。お前の立場は分っている」

姉妹の会話を盗み聞きしていた父が、そこまで言ったとき、すかさずソンホは、存分の感情を乗せて否定し切った。

「いいえ、分らない。分らないよ。分る訳ないじゃないか!分る訳ないじゃないか!・・・分る訳ない・・・分る訳ない」

虚構でしかないユートピアとしての、「かぞくのくに
怒号から一転して、最後は嗚咽交じりの言辞に結ばれていた。

「でも・・・工作員みたいな仕事に関わることだけは止めて欲しい。治療に専念しろ。病気を治して帰るんだ」

父には、このような反応しか選択肢を持ち得ないのだ。
 
長い「間」ができた。

粗い呼吸の中から、ソンホは、言葉を絞り出す。

「話はそれだけですか?・・・いつも、いつも、いつも、そんなことしか話してくれないんですね」

そう言って、部屋を去っていくソンホ。

置き去りにされ、渋い表情で悶々とする父。

日本を出港する帰還船(ウィキ)
ソンホの感情炸裂は、明らかに、最も話したくないことを、愛する妹に話してしまった遣る瀬無さが推進力になっていたが、その背景には、16歳のとき、叔父の反対を押し切って、「片道切符」で北朝鮮に送り出された歴史的事実が横臥(おうが)している。

「僕が行くの止めたら、アボジ(父親)に迷惑がかかるかな」

これは、新潟港から帰国船に乗っていくとき、ソンホが叔父に吐露した言葉。


北朝鮮で苦労を強いられたであろうソンホの過去が、今なお、彼の内側に押し込められたトラウマとしてアクティング・アウト(封印された記憶が身体表現されること)されたのである。


一方、愛する兄・ソンホとの信じ難き言語交通の虚しさを引き摺って、自分の感情を抑えられないリエもまた、工作員のヤンが待機する車に近寄り、激しい言葉を投げつけていく。

ヤンを責めるリエ
「自分で言ってよ。自分で言って、オッパに言わせないでよ!自分で言ってよ!」

何も答えられずに、煙草をふかすだけのヤンに、追い打ちのように叫びを刻んだ。

「あなたも、あなたの国も大嫌い!」

濁った空気が作り出す「間」の中で、ヤンは静かに答えた。

「あなたが嫌いなあの国で、お兄さんも、私も生きているんです。死ぬまで生きるんです」

リエはもう、何も反応できなくなってしまった。

彼女なりに理解できるラインの中で、負の状況に翻弄されるばかりの「かぞくのくに」の現実を、柔和なる未来に延長させていく思いのうちに繋げなくなっていたのである。



3  「誰にも指図されない」生き方を具現する、一人の自立的な人生が開かれる余情深き括り



MRI検査の結果、悪性腫瘍の疑いのあるソンホの治療は、3ヶ月の期間限定では不可能であると告げられて、病膏肓(やまいこうこう)に入るリスクを負ってしまったまま、途方に暮れる家族

「私が代れるものなら・・・」

オモニ(母親)の嘆息である。

オモニ
喫茶店を経営する母は何も成し得ず、家族の只中で起こっている現実を、恐らく、困難な事態に立ち会ったときに、いつもそうしてきたように受容する以外になかった。

「病気一つ治してやれず・・・」

アボジ(父親)の嘆息に、リエは厳しい言葉を投げ入れた。

「私は絶対に許さないから。理想だか何だか知らないが、そのためにオッパは・・・絶対に許さない」

彼女の尖りは、相当の継続力を保持していた。

愛する兄・ソンホとの思い出
この継続力は、幼少時に兄と離れ離れにされたという寂しさを、再び味わわされる悲哀が渦巻く、言いようのない集合的心情が楯になっていたのだろう。

そして、リエの尖りの継続力を切断させる事態が惹起するのだ。

何とか、ソンホの腫瘍を治療させようと、リエがソンホの幼馴染で、医者に嫁いだスニに相談していた矢先、朝鮮本国より、ソンホに突然の帰国命令が下ったのである。

「監視中の滞在者を、全員、帰国させよ」

ヤンを通じて、ソンホに伝えられ、それを家族に話すソンホ。

「どういうこと?」

驚くというより、起こっている現実に対応できないで、ソンホの表情を見つめるばかりのリエ。

全ての努力が報われず、落胆するリエは、兄に零す。

「全然、意味が分らないよ」
「いつものことなんだ」
「何も理由がないなんて、そんなの、全然分んないよ」
「あの国ではな、理由何て、全く意味を持たないんだよ。あの国ではな、考えずに、ただ従うだけなんだ。考えるとな、頭、おかしくなるんだよ。考えるとしたらな・・・どう生き抜いていくか。それだけだ。あとは思考停止させる。楽だぞ、思考停止」

最後は、自嘲気味に苦笑するだけだった。

兄の言葉を受容できないリエは、嗚咽でしか反応できない。

旧友との再会で、「白いブランコ」を歌うソンホ
「俺はな、俺は、こう生きるしかないんだ。いいんだ、それで」

ここまで言った後、ソンホは布団から起き上がって、嗚咽するリエに、そこだけは明瞭に言い切った。

「でもな、お前には考えてもらいたい。お前、たくさん考えろ。どう生きるか考えて、納得しながら生きろ」

「分んない・・・でも、嫌だ」と泣き崩れるリエに、ソンホは、そこだけはどうしても伝えたい思いを繰り返す。

「お前の人生だぞ。お前の人生だ。誰にも指図されないで、お前の好きなところに行っていいから、毎日感動してさ、我がままに生きればいいんだよ」

兄妹の2度目の会話は、この言葉によって閉じていく。

「運命」と括る兄からの、大切な妹へのメッセージには、先のように、「工作員」を求める後ろめたさが一切ないから、愛する兄の「運命」の残酷さを呪う思いの空虚感だけが浮遊していた。

ソンホとの別れ
そして、その日がやって来た。

困難な事態に立ち会っても受容する以外に術がない母は、行動の限界点の中で、自らが成し得る行為を選択し、それを主体的に遂行した。

コツコツ貯めた金を集めて、来日以来、よれよれのワイシャツを着た切りの、監視人のヤンのために新しいスーツ一式を購買し、それを贈ったのである。

「“下手な朝鮮語でこの手紙を書きます。遠く離れ、日本にいる母は、病の息子に何もしてやれません。出来るのは、祖国を信じることだけです。ソンホをよろしくお願い致します。子供が3人いらっしゃると伺いました。少ないですが、ご家族のためにお役立て下さい。ソンホの母より”」

監視人のヤン
これは、ヤンに添えた母の手紙。

それを読み、「全体主義という絶対記号」の命令一下で動くだけの監視人の心情が、深々と反応するが、映像は、無言の男の寡黙な表情を切り取ることで、感謝の念に震える魂の静かな揺動を映し出した。

まもなく、生まれ故郷を離れる兄との断ち難い感情が、妹の激しい抵抗に繋がるカットが挿入され、もう一つの身体化された揺動感を映し出すが、二度と会えない可能性の高い兄妹の別離を引き止める術もなかった。

そして、兄と別れたリエが、兄が購買しようとしたスーツケースを携えて、新たな旅立ちに向かう、凛とした女の行為が映し出される。

ラストカットである。

新たな旅立ちに向かうリエ
それは、「お前の人生だぞ」という、搾りされた者の声が反響音として内化され、今、「誰にも指図されない」生き方を具現する、一人の自立的な人生が開かれる余情深き括りであった。



4  「全体主義という絶対記号」に支配される構造を、一家族に特化して描き切った映像の凄み



この映画の最も秀逸なところは、「全体主義という絶対記号」の国家の支配力の理不尽な構造の内実を、件の国家が振り撒く一切の暴力描写の挿入を確信的に捨てて、その国家に支配され、翻弄された一家族の内部関係のうちに限定的に特化して描き切るだけで、表現的な達成を成就し得たことにある。

家族内の関係を精緻に描き出すことで、それぞれの主体が抱える由々しき負荷が鮮明に浮き彫りにされ、各主体の心理がリアルに表現されていたという一点に尽きるだろう。

中でも、監督の分身であるリエの心理の振幅の精緻な描写は、それを演じ切った女優(安藤サクラ)の出色の表現力も手伝って、自立走行に踏み出す彼女の、ラストカットの決定的な構図を際立たせていたと言えるだろう。

このラストカットには、「お前の人生だぞ」という兄のソンホ(井浦新の迫真の演技が光る)の真情が存分にこもった情感的交叉のシーンが、相当の重量感を包含している。

兄妹のこのシーンなしに成立しない映画だっただけに、このシーンが映像総体を根柢から支え切っていたと印象づけられるのだ。

その文脈から言えば、この映画を狭義に把握すれば、在日コリアンという負荷を張り付けて呼吸を繋ぐヒロインのリエが、彼女を囲繞する一切の阻害因子を突き抜けて、自立して生きていくまでの青春ドラマでもあった。

ヤン・ヨンヒ監督
台詞のミスをも包摂することで、よりリアルな会話の描写を具現したことに加えて、ご都合主義の侵入を完全に防ぎ切った構成力の見事さが、この映画を完成度の高い作品に仕上げていたことは否定すべくもないだろう。

映画で嗚咽する経験が極端に少ない私が、幾度か、抑え切れないほどの落涙で目頭が熱くなってしまったのは事実でもある。

抑制の効いた演出に、それだけ感動したということである。

素晴らしい映像だった。



5  在日朝鮮人の帰還事業についてのささやかな考察



本稿の最後に、1950年代から実施された在日朝鮮人の帰還事業について言及したい。 

「キューポラのある街」より
以下、浦山桐郎監督の、「キューポラのある街」(1962年製作)についての拙稿の批評をベースに加筆した一文を転載する。    

本作で重要な位置を占めている朝鮮総連を指導下に、金日成国家主席の呼びかけに端を発した、「地上の楽園」への帰還の実態が如何に苛烈なものであったかについては、今では知らない者がいないだろう。 

折しも、政治教育の強化の方針のもとに、経済発展を促進させることで、国民的規模の大衆運動を射程にした「千里馬運動」に仮託された楽園幻想が、北朝鮮への憧憬に収斂される空気の中で、其処彼処(そこかしこ)に撒き散らされていた

加えて、朝鮮総連系の血縁や、日本共産党員を除く多くの「北送者」(韓国政府による把握)の生活の実態は、糊口(ここう)を凌ぐのに手一杯で、何より、「在日」というラベリングによって被る差別は尋常ではなかったと言われている。

ただ、ここで私たちが注意しなくてはならないのは、現在の価値観によって、当時の価値観や、それに基づく行動を安直に指弾することの危うさである。

帰国手続きをする在日朝鮮人(ウィキ)
この映画が作られた当時の、我が国の社会的・文化的風景を俯瞰するとき、社会主義についての幻想を希薄化させた現在からみれば、驚くほど楽天的な視座によって北朝鮮を語っていたように思われる。

 谷沢永一の「悪魔の思想」(クレスト社)によれば、32年テーゼ(二段階革命論)に源流があるとされる、所謂、「進歩的文化人」と言われる者の多くは、「リベラル」と言うより「レフトウイング」寄りに蝟集(いしゅう)していて、「北朝鮮の怖さ」を指摘する韓国政府や、一握りの保守派の論壇を一刀両断する雰囲気が漲(みなぎ)っていたことを忘れてはならないのである。

 朝日新聞や日本赤十字、或いは、寺尾五郎(「38度線の北」)、大江健三郎に象徴される「進歩的文化人」のみならず、「邪魔者は追い払え」という思惑を持った、時の政府にまで及んだ、「帰国事業」へのサポートの現実は、まさに社会的・文化的風景の求心力としか言いようがないのだ。

(2013年5月)

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