検索

ラベル

2014年10月27日月曜日

もう一人の息子(‘12)      ロレーヌ・レヴィ


<「イスラエル」という正の記号を奪われた若者と、「イスラエル」という負の記号を被された若者の寓話的統合の物語>



 1  嗚咽を抑え切れない妻たちと、感情の炸裂を必死に抑える二人の夫



心に沁みる良い映画だった。

現実はこんなに甘くないことを知り尽くしてもなお、次世代のアクティブな若者たちに「希望」を繋ぐ映画を作らざるを得なかったロレーヌ・レヴィ監督の真摯な思いが、観る者にひしと伝わってきて、それがいつまでも消えない残像として、私の脳裏に焼き付いている。

正直言って、この映画もまた主題が先行し過ぎて、ラストシークエンスの構成力の甘さの瑕疵を認めざるを得ない。

そこだけは厳しく批評しているが、それでも私は、この映画を支持したい。

現代の中東情勢を「絶望」と呼ぶなら、その反意語「希望」という二字しか存在しないのだ。

だから、その「希望」に寓話的統合性で包摂した物語ながらも、一切を託した作り手の思いを素直に受け止めたいのである。

 
―― 以下、物語を詳細に追っていく。


 「空軍の除隊後に歌手になる」

18歳の闊達な若者のヨセフは、イスラエルの兵役検査の場で、自分の夢を語っていた。

 3年の兵役に就く前に、イスラエル国防軍大佐の父・アロンの許可を得て、仲間たちとのパーティを愉悦するヨセフ。

 
オリット
ヨセフの母で、フランス生まれの精神科医のオリットが、ヨセフの血液型が両親と合致しないので、DNA検査の必要を求められ、煩悶するのは兵役検査の直後だった。

 オリットが友人の医師ダヴィッドに相談した結果、そのダヴィッドにハイファ(地中海に面したイスラエルの都市。近年、巨大ガス田の発見で注目)のR病院から連絡があり、信じ難い事実を知らされるに至る。

 「ヨセフの出産の際、湾岸戦争の初め、ミサイル攻撃を怖れ、病院はヨセフを安全な場所へ。保育器の中には、もう一人、別の赤ん坊が。翌日、私に戻されたのはヨセフではなく、もう一人の子」

 その由々しき事実を、意を決して夫に話オリット。

 衝撃を受けた夫のアロンは、妻の報告を認めようとせず、当時、前線にいた苦労話をするばかりで、円満なシルバーグ夫妻の心に看過し難い波動が生れたのは必至だった。

 「くだらん話だ。ありえない」

 DNA検査に随伴することを求める妻は、混乱する夫の傍に寄り添い、沈黙を余儀なくされる。

 DNA検査の日。

 そこには、ヨルダン川西岸地区の「アパルトヘイト・ウォール」(イスラエルはセキュリティ・ウォールと呼ぶ)と称される「分離壁」に住む、パレスチナ人であるアル・ベザズ夫妻も待っていた。

 夫の名はサイード。

 本職はエンジニアであるが、村の外に出られないため、自治区で自動車修理工をしている男である。

 妻の名はライラ。

 
左からアロン、オリット、ライラ、サイード
病院の院長より、両夫妻が形式的な紹介を受けた後、ヘブライ語(ユダヤ人の母語)を英語に言い換えたその院長の口から、両夫妻が予想していた最悪の現実を知らされるに至る。

 「重大な過失です。血液型の不一致という件につき、詳細な調査を行いました。その結果、ヤシン・アル・ベザスはAマイナス」

 そう言って、シルバーグ夫妻の血液型と一致する事実を説明した後、赤ん坊の取り違え事故の過去を淡々と説明する。

 ヤシンとは、アル・ベザズ夫妻の子として育てられ、伯母の元でフランスのバカロレア(大学入学資格試験)に合格するパレスチナ人だが、そのアイデンティティが、未だ本人の知らぬ間に一気に崩されていく若者。

 「同じ時に出産し、病室も隣同士でした。可能性として考えられるのは、赤ちゃん2人は、手違いにより避難の際に取り違えられたのです。DNA検査が、それを裏付けています」

 その確認のために、お互いに持って来た息子の写真を交換する。

 嗚咽を抑え切れない妻たちと、興奮のあまり、感情の炸裂を必死に抑える二人の夫。。

 「冗談じゃない!ヨセフはうちの子だ。決まってる!」

 最初に感情を炸裂させたのは、イスラエルの高級将校のアロンだった。

 「耐えられん」

 その捨て台詞を残して、アロンは部屋を去っていった。

 感情の炸裂の気力すらも喪失したサイードは、膝に疾病を持つために、立つのも容易でない状況下で、重い腰を上げ、ゆっくり去っていく。

 
オリットとライラ
嗚咽を堪えた女たちだけが、そこに残り、当時、この病院に赴任していなかった院長の謝罪を受ける。

 女たちは簡単に挨拶し、決して「運命の皮肉」を呪ったり、病院を激しく難詰することはなかった。

 手を握り合って別れた女たちの切なさが、観る者の心を痛烈に揺さぶって止まないこのシークエンスは、その訴求力の高さで出色だった。

 「親類、友人、近所に知れたら大変だ。このことは忘れろ」
 「土地を奪われたことは、“忘れるな”と言うのに。忘れろ?呆れた」
 「まるで別の話だ」

 帰路、パレスチナ人のサイードと、妻のライラの間で交わされた短い会話である。

 まもなく、バカロレアに合格して帰宅したヤシンを、検問所の向こう側にあるパレスチナ人地区で待機する、母ライラと兄ビラルが熱い抱擁を交わす。

 「俺たちの村は、今も囲われたままだ。故郷は二つに裂かれた。土地を奪った奴らは、呪われるがい!」

 イスラエルへの憎悪が激しいビラルとは違って、「パリは永遠にパリさ」と母に答えるヤシンの自我には、「中東の地獄」のイメージと切れた相対思考が根付いているようだった。

 一方、医師志望のパリ留学からの「栄光の帰還」を果たしたヤシンを、今や、心から歓迎できない心情を抱く父サイードは、一人、自動車の修理のために潜り込んでいる土塊に張り付いて嗚咽していた。



 2  「イスラエル」という正の記号を奪われた若者と、「イスラエル」という負の記号を被された若者



 
イスラエル国防軍大佐の父・アロン
テルアビブのシルバーグ家では、既に異変が起きていた。

 ヨセフの兵役が免除されるという通知が届いたのである。

 その書類を、本人に直接見せる父アロン。

 母オリットは、湾岸戦争のときの特別な状況下で出来した複雑な事情を、一切の隠し事なく打ち明ける。

 肝心な状況で、肝心要な用件が発生した時、それを秘密裏にせず、合理的・知的に処理していくような親子関係が形成されているのだろう。

 だから、闊達な「パレスチナ人」の息子として、健康的に育ってきたことが容易に想像できるのである。

 そこには、母オリットの、常に前向きな教育能力の高さが窺われる。

 ここでもまた、夫アロンの消極的な態度との相違は決定的だった。


 夫の横槍を黙らせてまで、「取り違えたの。看護士の手違い」と、はっきりと息子ヨセフに打ち明けるオリット。

 打ち明けられたヨセフは、衝撃のあまり呼吸が荒くなり、反応する術がなく、部屋から消え、暗い廊下の片隅でうずくまっていた。

 慌てて追いかけた母は、ヨセフの前に座り込み、相手のパレスチナ人と会ったことを吐露した。

 「僕も自爆用のベルトをする」とヨセフ。
 「何てこと言うの!」とオリット。
 「僕は今もユダヤ人?」

 
オリットとヨセフ
この根源的な問いに沈黙せざるを得ない、イスラエル人の母がいた。


 「ラビ。僕は今もユダヤ人?ユダヤ人に変わりないですね?」
 「君が心から望むなら、そうなれるとも」
 「心から望むならって?割礼や、バルミツバの儀式(注)もして、ユダヤ人として生きてきました」
 「“改宗”せねばならん。段階は3つ。まず割礼。これは済んでる。そして、3人のラビによる清めの儀式」
 「でも、あなたは僕が最も優秀な教え子だと」
 「ユダヤ教は、単なる信仰ではない。“状態”だよ。生まれに基づく精神的な在り方だ。実母がユダヤ人でないなら、君も違う」
 「僕は前と同じです」
 「神が改宗を導いて下さる」
 「では、取り違えられた方の子は?」
 「実母により、生まれながらにユダヤ人だ」
 「僕よりもユダヤ人だと言うんですか?」
 「そういうことだ。決まりなのだ」
 
 ここまではっきり言われたヨセフは、ラビ(ユダヤ教の聖職者)の元を離れ、走り去っていった。

 彼のアイデンティティークライシスが極まった瞬間である。

 そして、もう一人の「イスラエル人」の青年が、「パレスチナ人」であるというアイデンティティが崩壊した瞬間を、内面描写を精緻に描くこの映画は、ヨセフのシーンの直後に写し出す。

 ヤシンである。

「イスラエル」という負の記号を被されたヤシン
一瞬にして、「イスラエル人」というアイデンティティを崩されたヨセフが、ヤシンに会いに行く意思を母に告げたことから、ヨセフの訪問を前にして、今度は、ライラがヤシンに真実を告白したのである。

 「もし会いたいなら、オリットが招待するって。テルアビブよ」

 母ライラは、嗚咽するヤシンの体を包み込む。

 若者は一人、丘の上に座り込み、中枢の空洞を穿たれた魂が、吐き出したくても吐き出す術を持ち得ない深い感情の呻吟を、虚空に向かって衝き上げていく。

 ヤシンの煩悶を掬い取る何ものもないのだ。

 それでも、ヤシンは動いていく。

 動かなければ、ヤシンの煩悶は、もっと深くなるばかりだった。

だから、クレバーな若者は動いていくのだ。

アイデンティティークライシスの危機の中枢に搦(から)め捕られた絶対状況の、闇のように深い迷妄の森を自らの意志で掻き分け、突き抜けんと動いていく。

 オリットの招待を受け、テルアビブのシルバーグ家を訪問するヤシンに随伴する父母と妹。

 
左からオリット、ライラ、妹、サイード、ヤシン
しかしそこに、ヤシンの兄ビラルの存在はない。

 イスラエルを憎悪するビラルには、「イスラエル」という負の記号を被された弟を、その人格だけを切り取って、「兄弟愛」という心地良い物語のうちに深々と侵入できないのである。

 パレスチナ人の一家族をオリットが暖かく迎え、その横に、「イスラエル」という正の記号を奪われた、もう一人若者が、小さな笑みで「迎え」のセレモニーを繋いでいく。

 ヨセフである。

 「新しいお兄ちゃん?」

 シルバーグ家の年少の妹が、「イスラエル」という負の記号を被されたヤシンを横に見ながら、当の本人に尋ねるのだ。

「フランス人?」とヤシン
「イスラエル人よ。ママはフランス人。家ではフランス語よ」

そう答えた妹は、今度は、ヤシンの妹を自分の部屋へと案内した。

それは、「迎え」のセレモニーの、特段の偏見を持たない少女たちの行為に象徴される、一つの軟着点をイメージするものだった。

 ぎこちなくも、母親たちの会話にも、少しずつ弾みがついてきた。

 異なった記号を負荷され続けて来た、二人の息子同士の会話も生まれていた。

 「パレスチナ人と知り、どう?憎しみは?」とヤシン。
 「全然、感じない」とヨセフ。
 「今までも?」
 「一度も。君は?」
 「パリに住んでるから。彼女、いる?」
 「いない。君は?」
 「中々、見つからない」
 
 
ヨセフとヤシン
最後は、笑みを交し合う18歳の若者たち。

 しかし、このセレモニーに、どうしても入り込めない二人の男。

 アロンとサイードである。

 堅固な観念系で武装してしまっている中年の男たちには、「親和動機」(他者との友好関係を望むこと)に振れやすい女たちのような柔軟な思考を受容することが難しいのである。

 しかも、女たちの自我には、自分が産んだ「我が子」の存在性を受容することで、「イスラエル」とか「パレスチナ」という、偏頗な記号性を希釈化するほどの情感的リアリズムが張り付いている。

 それが、たちには叶わないのだ。

 お互いの眼を見合すことなく、兵役の話題に触れ、英語でやり取りする二人。

 「我々も、息子たちの無事を祈る」とサイード。
 「祈るより、息子を戦争に送るな」とアロン。
 「戦争ではない。民族の抹殺だ」
 「抹殺者は、あなた方の指導者だろ」
 「我々は占領されている」
 「聞き飽きた」
 「占領で苦しんでいる。長い年月」
 「しつこいぞ」
 
 互いの妻たちの制止にも拘らず、どうしてもそこだけは譲れない男たちの議論の応酬は、更にヒートアップする。

 落とし処のない果てしない議論の中に、パレスチナ問題の構図が凝縮されているのだ。


―― ここで、映画の舞台になっている中東問題の解決の困難さについて、その背景を簡単に言及しておく。


1947年の国連決議181号(パレスチナ分割決議)によって、アラブ人とユダヤ人の国家が創出されたことに反発したアラブ人が決起し、ユダヤ人と内戦状態になり、1948年の第一次中東戦争を惹起するに至った。

現在のハイファの街並み
その結果、国連決議181号以上の領土を確保したイスラエル軍の勝利に帰結する。

この第一次中東戦争の際、ヨセフとヤシンが生まれたハイファには、多くの非ユダヤ人が残存した。

そのハイファが湾岸戦争の渦中にインボルブされ、映画で描かれていたように、ミサイルの被弾を回避するために避難した際、保育器の中の赤子の「取り違え事件」が出来したという設定は、あながち寓話的な物語の構成とは言い切れないものがある。


 何より由々しき事態は、この「取り違え事件」の相手が、「ヨルダン川西岸地区」に封じ込められたパレスチナ人であったこと ―― それが全てだった。

ヨルダン川西岸地区」とは、「六日戦争」と呼称されるほどにイスラエル軍が圧勝した、1967年の第三次中東戦争において占領された結果、1993年の「オスロ合意」を経て、現在、エジプト国境に接する「ガザ地区」と共に、「パレスチナ自治区」を形成するエリアとして認知されている。

この地区に生活する多くのパレスチナ人は、先述したように、第一次中東戦争によって、敵国のイスラエルから避難したパレスチナ難民か、或いは、その直接の子孫である。

ヨルダン川西岸地区とガザ地区(ウィキ・赤)
「イスラエル」という負の記号を被された、ヤシンの家族が住むヨルダン川西岸地区」には、イスラエルが「セキュリティ・フェンス」と呼ぶ「分離壁」が存在するが、この隔離壁こそが、安保理決議のような強制力はなくとも、150カ国の賛成を得た、「分離壁の撤去を求める国連決議」が採択されたように、両民族間の「心の壁」のバリアーを、より一層、堅固なものにする物理的象徴と化していった現実は否定し難い。

一方、地中海に面する「ガザ地区」では、パレスチナ自治政府の統治下に置かれつつも、航空管制権と沿岸航行権の保持が奪われ、パレスチナ公団によって運営されていた「ガザ国際空港」が、2001年にイスラエル軍に空爆された現実をも知らねばならないだろう。

加えて言えば、パレスチナ自治政府は、2012年11月の国連総会で、「オブザーバー組織」から「国連オブザーバー国家」としての扱いを受けることになり、パレスチナとイスラエルの境界についても、第三次中東戦争以前の状態に復元され、正式に歴史的承認を受けるに至った。

その「パレスチナ自治区」について簡単に言及すれば、以下の通り。

エジプトのイスラム原理主義組織・「ムスリム同胞団」を母体に創設され、イスラム国家の樹立を目指すハマスが「ガザ地区」を武力占領し、2000年の次インティファーダ(占領支配に抵抗する運動)以降、パレスチナ自治政府の政権参加後の一時的停戦があったにしても、自爆攻撃やロケット砲によって、イスラエルとのテロの応酬を常態化しているが、2014年6月、イスラエル穏健派のファタハが認める内閣が成立した。

アッバス議長(ウィキ)
他方、「ミュンヘンオリンピック事件」の「黒い九月」(ブラックセプテンバー)というテロ組織を結成した歴史を持つ、PLOの最大派閥・アッバス議長(アラファト議長の後任)率いるファタハは、穏健路線に転換後、ヨルダン川西岸地区」を実効支配し、イスラエルの承認も含め、広く欧米の支持を受けている。

 従って、この映画で描かれている「ヨルダン川西岸地区」において、「ガザ地区」のように、イスラエルとのテロの応酬が見られないのは、「分離壁」の存在によって、イスラエル市民への自爆テロ事件が激減したからでもあるが、何よりこのエリアが、現実路線を選択したアッバス議長が住む、イスラエル穏健派のファタハの拠点である事実が大きいと言える。


(注)「バルミツバの儀式」とは、ユダヤ教の成人式を意味する通過儀礼のこと。



 3  静かに繋いできた心に沁みる物語のラストシークエンスの甘さ



 オリットがイニシャティブを取って主催した、「迎え」のセレモニーに参加しなかったパレスチナ人にとって、「イスラエル」という負の記号をつけた弟との「共存」は、初めから存在しない選択肢であった。

 「向こうで暮らせ。家があるんだろ?」とヤシンの兄ビラル。
 
 この問いを無視して、眠りの床に就くヤシンの態度に硬化する。

 「答えろ!ユダヤ人めが。早く出ていけ!」
 「どう生きるかは、僕が決める」
 「お前は他人の子だ。いずれ向こう側へ行く。お前の居場所だろ」

 ここまで言われたヤシンは、起き上がって、うっすらと涙を浮かべながら、静かに語りかける。

サイードとヤシン
「ビラル。不安なんだろ。でも、僕は何も変わらない。僕たちの夢も。8年後、パレスチナに戻る。病院を建てよう」

 しかし、弟の柔和なアウトリーチを、全く受容しない兄。

 「フィラズのためか?あいつや俺のことなど忘れるだろ」

 フィラズとは、ヨセフに似ているという亡くなった弟のこと。

 そのヨセフから連絡があって、イスラエルのエリアに行くための「分離壁」と検問所を経由し、海岸のアイスクリーム売りのバイトをしているヨセフに会いに行くヤシン。

 二人で協力して、バイトの時間を共有するのだ。

 この共有は、異国の記号を被された若者たちの辛さを越えていく行為でもあった。

 「ラマラにいる親類は、通行証がないから、二度と海を見られない。哀しいよ」

 このヤシンの言葉は、本来、ヨセフの感性が受ける哀しみだった。

 それを感受し得るからこそ、ヤシンの言葉の重みに反応すべく何ものもなかった。

 二人は今や、タブーとされる負の情報を交し合う関係にまで昇華していたのである。

 
 「たとえヤシンが、3番目の子供のように思えても、あなたは私の息子よ」

 帰宅後、アイデンティティークライシスの危機の中枢にいるヨセフに対して、なおヨセフの母であろうとするオリットが柔和に放った言葉である。

 
オリットヨセフ
この包摂力の強度の高さが、オリットを支えている。

 父のアロンも、少しずつ動いていく。

 申請していないサイードの通行許可証を発行したことで、アロンの勤務する国防省にお礼を言いに来たサイードをコーヒーに誘うアロン。

 しかし、どうしても会話にまで昇華できない「心の壁」が存在するのだ。

 このカフェシーンは素晴らしい

 それでも、いつでも、実の息子であるヨセフに会えるように手配したアロンの思いだけは、サイードに伝わっている。

 この関係以上に発展できない二人の「心の壁」の重量感が、観る者にひしと伝わってくる。

 そんな「心の壁」の重量感を削る努力を繋いでいるヤシンとヨセフ。

 通行証を利用して、テルアビブに身を預けるヤシンに次いで、ヨセフもまた動いていく。

 「ヨルダン川西岸地区」に住むパレスチナの家族に会いにいくのだ。

 そこは本来、「イスラエル」という正の記号を延長させることなど不可能だった、自らの生活圏であったはずのエリアだった。

 そのエリアに、単身乗り込んでいくヨセフは、言語が通じなくても、パレスチナの気の良いおばさんが、手を引いて、アル・ベザス家まで案内してくれるのである。

 アル・ベザス家で待っていたのは、弟ヤシンとの「和解」を拒絶するビラルだった。

 「パレスチナ」という正の記号を復元させた、血を分けた弟・ヨセフを歓迎するビラル。

ヨセフ
歓迎しつつも、アラビア語で話しかけ、ヨセフにもアラビア語の復唱を求める意地の悪さに対し、一瞬、顔色を変えるヨセフ。

 そして、産みの母であるライラは、ヨセフの訪問を最も歓迎し、仕事中の夫のサイードを言い含めながら、ヨセフが待つ我が家に帰宅する。

 気まずい雰囲気の中で、アラブ料理で接待する夕餉に戸惑うヨセフは、食事をしながら、突然、アラビア語の歌を歌い出すのだ。

 彼はミュージシャン志望だから、文化の違う国の音楽をもレパートリーに入れているのだろう。

 自らの得意分野を推進力にして、小さくも、しかし決して末梢的ではない「和解」のセレモニーを、狭い家屋の中枢で天晴れな表現を結んでいくヨセフ

 まもなく、そこに血を分けた「家族」の唱和が生まれていく。

 サイードが、アラブ音楽文化圏で用いられる木製の撥弦楽器・ウードを弾き始めたことで、一体感の高まりが生まれ、澱んでいた空気が瞬く間に浄化される。 

 
サイード
空気が浄化されれば、「関係」を塞いでいた「バウンダリー」(他者との心の境界線)が溶解し、会話も流暢になっていく。

 今は亡きフィラズの写真を見て、自分に良く似たその顔を確認するヨセフ。

「アイデンティティを取り戻すか?」とビラル。
「アイデンティティには、育った環境も大事だよ」とヨセフ。

 この辺りに、本作のメッセージが鮮明に投影されていると言っていい。

即ち、「イスラエル人によって育てられたパレスチナ人」という、凝縮された「負の記号性」が、「育った環境こそが、アイデンティティのルーツである」という、極めて感性濃度の高い存在論的な文脈に反転されているからである。

テルアビブに行きたいとビラルが言い出したのは、この直後だった。

ビラルのこの変化は、ここから開かれる物語の決定的な旋回点になっていく。

しかし残念ながら、このヨセフの言葉を、抵抗なく受容するビラルの人物造形の脆弱さが、この辺りから露呈されていくことで、主要登校人物7人(アロン、オリット、ヨセフ、サイード、ライラ、ヤシン、ビラル)の内面描写を緻密に紡いできた、感銘深いこの良質な映画が、何か、そこだけを目指して収斂されていく基幹テーマの懐(ふところ)のうちに、悉(ことごと)く、且つ、予定調和的に軟着していくという印象を拭えないのである。

決して声高にならず、感傷に流されることもなく、静かに繋いできた素晴らしい物語のラストシークエンスの甘さ。

これが気になるのだ。

とりわけ、ビラルの内面描写の目に余る脆弱さが、勝負を分けるラストシークエンスの中枢に入り込んできて、映像総体の均衡感を危うくしてしまったのである。

イスラエルの首都とも言われるテルアビブのパノラマ(ウィキ)
大体、あれほど憎んでいた、「イスラエル」という負の記号への反転的象徴としての、弟ヤシンとの激しい反目の浄化と昇華に関わる、肝心要の葛藤描写が欠落していること ―― これが、私には看過できなかった。

母ライラの切々たる説諭に象徴されるように、それを受けるビラルの葛藤と受容は描き出されているものの、弟ヤシンとの関係修復の肝になる枢要のカットが、全く映像提示されていなかったことに違和感を覚えざるを得ないのである。

或いは、少しずつ変化していくものの、ビラルだけは煩悶・葛藤の渦中にあるという人物造形も選択肢の一つではなかったのだろうか。

「関係性」におけるヤシンとビラルの絡みの描写の脆弱さは、それでなくても寓話性の高い良質な物語の、その寓話性を却って強化させてしまったのではないか。

「和解」・「赦し」・「共存」・「共有」という、比べものにならないほどの解決の困難さの渦中に、次世代を継ぐ若者たちの真摯な生き方を集合させていくことで、そこに、ほんの僅かな「希望」が仮託されるイメージラインの提示に留めておく選択肢もあったと思われるのである。

それだけが残念でならないのだ。



4  「僕は君の人生を歩めたかも知れない。でも、僕は思う。歩み始めた、この人生を。君のためにも成功して見せる」



以下、そのラストシークエンスを簡単にまとめてみる。

 その夜、検問所を通って、「ヨルダン川西岸地区」の分離壁伝いを、一人で歩いている男がいた。

アロンである。

オリットから聞いて、アル・ベザス家に行ったヨセフを迎えに行くためだ。

「止まれ、父さんだ!」

そこに、ビラルの運転で、車で送られて来たヨセフが父に気づき、急停車した。

「イスラエル」という負の記号の象徴・「分離壁」(ウィキ)
車のヘッドライトに照射され、否が応でも、その巨大な相貌を露わにする「分離壁」に覆われるスポットで、父と子は遭遇し、「禁断の地」への無断外出を謝罪する息子。

「お前は私の息子だ。この先、永遠に。何があろうと」
「好きだよ、父さん」

その姿を、車内で見ていたビラルは、自らの意思で外に出て、アロンの前に右手を差し出した。

「ビラル」

その一言を口に出し、ビラルと握手するアロン。

そして、相手の国の言語で別れの挨拶を交して、ビラルとアロンは、自分たちの住む生活圏の中に消えて行った。

長い歴史の中のほんの一瞬の出来事かも知れないが、敵対者同士の「和解」の小さなセレモニーが遂行されたのである。

アル・ベザス家の家族の写真をコラージュした額の真ん中に、ヨセフの写真が新たに加えられたのも、ヨセフの勇気ある訪問のエピソードの直後だった。

その後、頻繁に、相手の生活圏を訪問し合う若者たち。

海に面するテルアビブの夜の街を歩いていたヨセフが、イスラエル人の酔っ払いに絡まれ、腹を切られるという事件が起こったのは、そんな折だった。

必死に介抱し、病院に連絡したビラルの援助行動のお陰で、一命を取り留めたヨセフが、アラブの家族の兄弟との親和性を、いっそう強化していくのは時間の問題だった。

「ご両親が来るよ」とヤシン。
「僕の両親?どっちの?」とヨセフ。

「でも、僕は思う。歩み始めた、この人生を、君のためにも成功して見せる」
入院しているヨセフへの見舞いに対して、こんな際どいジョークを交し合う関係にまで、若者たちは突き抜けている。

「僕は君の人生を歩めたかも知れない。でも、僕は思う。歩み始めた、この人生を、君のためにも成功して見せる。僕の人生を歩む君も同じだ。必ず成功しろよ」

このヨセフのモノローグのうちに、固い決意に結ばれた彼の表情の映像提示のうちに物語が閉じていく。

それは、個の生物学的ルーツと心理学的ルーツが乖離する現実を受容し、自分自身が選択した人生を生きていく決意表明であると言っていい。

従って、ここで言う「成功」とは、本来の血筋への復元としての「息子の交換」を拒み、相互に往来しつつも、「育った環境こそが、アイデンティティのルーツ」と言い切ったヨセフの生き方を、二人の「取り違えられた」若者が、もう、決定的な「生まれ」の相違による周囲の偏見や悪意に屈することなく貫徹していくという、厳しくも、その障壁を突破する人生の具現化のことである。

「僕は君の人生を歩めたかも知れない。でも、僕は思う。歩み始めた、この人生を」と言い切った、ヨセフの表情を見せるラストシーンのうちに、ロレーヌ・レヴィ監督のメッセージが凝縮されていた。

 ラストシークエンスの構成力の甘さに不満があったが、心に沁みる感銘深い映画であるであるという評価を否定すべくもなかった。

(2014年10月)


0 件のコメント:

コメントを投稿