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2013年11月17日日曜日

U・ボート(‘81)      ウォルフガング・ペーターゼン



<奇蹟の生還から、壮絶なラストシーンへの反転的悲劇のうちに閉じる映像の力技>




 1  全身全霊を賭して動く人間の裸形の様態を描き切った大傑作



本作は、「戦場のリアリズム」が開いた極限状況の中で、不安に怯え、恐怖に慄きながらも、それでも、生還せんと全身全霊を賭して動いていく以外にない人間の裸形の様態を描き切った大傑作である。

声高に反戦のメッセージを張り付けることもなく、ただ、「出口なし」の閉鎖系の限定的スポットの中で呼吸を繋ぐ将校、下士官、兵士たちの内面の揺動を映し出すことで、充分に観る者への鮮烈なメッセージに昇華する作品の凄みは、恐らく、もう、これを越える作品が配給され得ないと思わせるほどの腕力があった。

そこには、一部の偏狭な映画作家が描くエクストリーム・シーンの連射とは完全に切れて、底気味悪いナルシズムはおろか、ハリウッド流のヒロイズム、センチメンタリズムなどの不気味なまでに心地良い描写など、その一切がかなぐり捨てられていた。

これは、私が最も評価して止まないテレンス・マリック監督の「シン・レッド・ライン」(1998年製作)と双璧を成す程に、「戦場のリアリズム」を徹頭徹尾、内側から凝視し、描き切った映画史上に残る奇蹟的な傑作である。

全く文句のつけようのない、絶賛に値する映画というのは、このような作品にこそ相応しだろう。

以下、簡単に時代背景を書いておく。

 ―― 1941年秋、ドイツ占領下のフランスのラ・ロシェル軍港。

英国の糧道を断つために、ヒトラーが期待をかけた潜水艦部隊は、続々と大西洋に出撃していった。

だが敵護送船団も、日々に強化されていたのだ。

ドイツ潜水艦乗組員4万の内、3万が帰還しなかった。

これが、冒頭のキャプション。

U-96の艦内で(中央が艦長
本作のドイツ潜水艦・U-96の任務は、英国の糧道を断つ戦略の一環として、大西洋を航行する英軍の輸送船を撃沈することだった。

従って、海上輸送網の切断を目途にして、通商破壊戦に投入されたボート出撃によって多大の成果を収めたのは緒戦の段階であり、1942年段階での状況では、護衛艦隊による護送船団方式の戦略や、航空機や艦艇による哨戒活動の強化などで致命的な損害を被るようになっていく。

但し、1941年秋の時点で、ドイツ、イタリアは、アメリカに宣戦布告(正式には12月11日)していなかったので、映画の時代背景は、その前夜ということになる。



2  水圧とソナーの機械音が炸裂する、「出口なし」の閉鎖系スポットの恐怖



占領地フランスのラ・ロシェル軍港から出航して45日目。

U-96は、夜の闇の中で、港から出て来た敵の商船団を発見した。

天敵である駆逐艦も護衛艦も見えない。

「いいカモです」

発見した男の言葉である。

「やってみるか」
「やってみましょう」

艦長との短い会話で、全てが決定された。

緊急潜航したU-96は、2キロメートルの距離から魚雷を発射する。

艦長は商船2隻の撃墜を確認する。

「やった!大成果だ!」

ところが、喜んだのも束の間だった。

捕捉し得なかった敵の駆逐艦から爆雷攻撃を受けるに至る。

「全速前進!」

駆逐艦の射程距離から離れる以外になかった。

ぎしぎしと軋(きし)むような、駆逐艦から発せられる執拗な潜水艦探知のソナーの機械音に、艦内は物音を立てず、じっと不安に耐えている。

狭い艦内に押し込められたような乗組員の表情に、滝のように流れる汗が頬を伝わってきて、緊張感はピークに達する。

「音を立てるな。さとられるぞ」

息を凝らして、危機回避を待つ乗組員たち。

微速前進するU-96。

夜の海の静謐な世界で、潜水艦と乗組員は一体化しているのだ。

全ての乗組員もまた、一連托生と化している。

運命を共にする以外の選択肢を持ち得ないのである。

その沈黙を狙い澄まして破っていく爆雷攻撃の連射。

「左舷に浸水!」

怒号が飛ぶ。

艦内に火災が発生し、それを直ちに消火する。

酸素ボンベまで用意される。

浸水事故
「呆れるね。しつこく調べやがる」

駆逐艦からの執拗なソナーに、艦長は嘆息を漏らすばかり。

再び長い沈黙が流れるが、駆逐艦の位置は変化しない。

駆逐艦から気付かれぬように離脱を測り、U-96は潜水していく。

ところが、別の推進機音が捕捉され、急接近して来るのだ。

「増援か・・・」と呟いた艦長は、厳として命じた。

「もっと深く潜れ」

事前の耐圧テストで 160メートルまでの安全性を確認していたが、今、この危機の渦中で200メートルを超えていく。

好奇心も手伝って、U-96の取材に同乗したに過ぎない海軍報道班員・ヴェルナー中尉の表情から、すっかり生気が消え、今や、特殊な戦場での苛酷なリアリズムの洗礼を受けている。

水圧で軋む音が大きくなってきたとき、突然、凄まじい音が炸裂した。

ボルトが飛んでしまったのだ。

U-96の潜水深度が230メートルを超えた時だった。

水圧とソナーの機械音と、この炸裂によって船内はパニック状態になった。

「150メートルまで浮上!全速前進!」

艦長の命令も行き届かない。

水漏れを防ぐためのパッキングが壊れて、浸水事故が続くのである。

輪状の金具であるフランジが折れ、U-96という名の鋼鉄の砦の脆弱さが露呈されていく。

錯乱する機関兵曹長のヨハン
何とか浸水を防ぎ、内部危機を乗り切ったU-96だったが、機関兵曹長のヨハンは、この異様な状況下で、狂気に憑かれたように錯乱してしまう

自分の部署を離れたことで、U-96の危機を招来する行為に走ったヨハンを銃殺するために、艦長が銃を持ち出す間に、ヨハンは乗組員に取り押さえられて事なきを得た。

6時間後、恐怖のあまり入眠の世界に状況逃避したヴェルナー中尉が覚醒したとき、U-96は危機の事態から脱出していた。

海面に浮上するU-96の乗組員たち。

彼らがそこで見たのは、U-96の魚雷で撃破されたタンカーが炎上している現場だった。

タンカーに止めの一撃を命じる艦長。

止めを刺されて、海に沈むタンカー。

ところが、タンカーに残っている乗組員が、U-96に救いを求めて泳いで来るのだ。

「半速後進!」

これが艦長の指示だった。

被弾後、6時間が経っても、彼らが収容されない事態に怒りを抑えられない思いがあっても、U-96には生存者を救助する余裕など全くなかった。

「生存者を救助する余裕なく避退」

艦長の航海日誌には、そう書かれていた。

U-96の出撃後、特殊な戦場での苛酷なリアリズムが、一つのピークアウトに達した瞬間だった。



3  嗚咽する若き海軍報道班員が体験した「戦場のリアリズム」の凄惨さ



ラ・スペツィア(イメージ画像・ウィキ)
すっかり帰港の解放的な気分で、和気あいあいのジョークを飛ばしていた、U-96の乗組員たちの希望を砕く艦長命令が下った。

地中海に入る前に、スペインのビゴで補給を受けた後、イタリアのラ・スペツィアに回航するという命令だった。

「殺生だぜ!畜生!」

怒号が飛び交ったが、命令に逆らうことなどできようもなかった。

11キロメートルの幅しかない、狭いジブラルタル海峡を通過することの現実を知る者には、この回航の危険性が理解し得ない訳がなかったのだ。

しかも、そこには英海軍ドッグがあり、対潜哨戒機や駆逐艦が遊弋(ゆうよく)し、厳重な警戒網を敷いているのである。


そんな厳しい状況下で、疲労の極にあるベテラン機関長とヴェルナー中尉の二人を、艦長はビゴで下船させる予定だったが、又しても、上部機関からの命令が下り、二人とも、引き続きU-96と運命を共有するに至る。

暗くなって、浮上したまま敵艦の中を抜け、ジブラルタル海峡に近づいたら潜水するという大胆なプランを決定し、出航するU-96。

しかし、浮上した状態でジブラルタル海峡に近づくや、英軍機の空襲を受け、ベテラン下士官の航海長が機銃掃射を受け重傷を負ってしまう。

衛生兵を呼び、激しく動揺する艦内。

艦長
このままだと岸に乗り上げるという報告を聞いた艦長は、潜航を決断し、艦内に戻って来る。

しかし、ここから事態は一気に暗転していく。

副排水ポンプが故障し、U-96の沈下が止まらなくなった。

艦を軽くするために1000リットルの排水を命じる艦長。


今度は、主排水ポンプが故障するに至り、全速逆進を指示し、圧縮空気(潜水艦を浮上させるために圧縮して貯留した空気)の噴射を命じる。

それでも沈下していくU-96。

そして、深度計の針が260メートルを超えたところで止まった。

海底だったのだ。

それは、計算された圧壊深度が、250メートルから295メートルと言われるUボートVII型の、ぎりぎりのクリティカルポイントだったのか。

「助かった。神が海底に降ろして下さった。280メートル。よく耐えたもんだ」


この艦長の安堵の言葉で救われたと思った瞬間、再び異常事態に襲われる。

魚雷室(イメージ画像・ブログ)
魚雷室(魚雷の装填を行う特殊室)に浸水事故が発生したのである。

後部配電盤がショートしたばかりか、艦尾魚雷室や探知室まで浸水するに至った。

「ランプをよこせ!スパナはどこだ!」
「工具はどこだ!」
「楔(くさび)が打ち込めん!」
「畜生!ここを照らせ!」

殆どパニック状態だった。

「順々に報告しろ!」

艦長の指示も空転するばかりだった。

「神よ、お見捨てなく」

体全身に浸水を浴びながら、祈っている若者もいる。

そんな状況下で、男たちは命を懸けて闘っている。

「充填剤もう一つ!でかい奴がいるぞ!」

しかし、艦尾の浸水が限界に達し、冷却装置が機能不全になり、更に、気体を圧縮して圧力を高めるための機械であるコンプレッサーも台座(安置する台)を離れてしまい、燃料タンクのバッテリーも浸水する中で、今やパニックに陥ることなく、閉鎖系で狭隘な、出口なしの限定スポットを忙しなく掻き分けながら、男たちは自分ができ得る作業に勇往に挺身しているのだ。

魚雷室の水位が魚雷発射管に達する危機の極限状況下で、遂に男たちは、自力で浸水を止めるに至る。

「よし、溜まった水を汲み出すんだ」

艦長の指示で、リレー方式で無駄なく動く男たち。

それでもまだ、羅針儀(進路測定器)、速度計と測深器、無電機が機能不全の危機の渦中にあり、これを残っている圧縮空気の噴射で浮揚する以外になかった。

何より、U-96を身軽にするために、溜まった水を汲み出すこと。

手動で水を中央に集めて、動力ポンプで汲み出す難作業に向かう。

CO2濃度が1.8の不十分な酸素の中で、その修理に8時間を要するが、それ以外に生き延びる余地がないのだ。

男たちは皆クリティカルポイントの際(きわ)にあって、疲弊し切っている。

そんな中で、ヴェルナー中尉に吐露する機関長の言葉。

「こんな狭い所、通ろうなんて無茶だ。艦長は分ってたんだ。海峡突破の命令を受けたときから、まずダメなことを。だから俺たちをビゴで降ろそうとしたんだ。通れる訳がない。彼は決めた。潮流に乗って、地中海に吸い込まれるなんて。可能性は少ないが、成功を祈るしかないと」

それを不安げに聞くヴェルナー中尉の表情からは生気が消え、凍てついていた。

恐怖を共有するには、この若い中尉の軍隊経験の感覚が、「地獄」を通って来た者の、ほんの少しの胆力にも届いていなかったのだろう。

そのヴェルナー中尉は、艦長のところに行き、同じことを尋ねた。

「すまん・・・」
「ダメですか?」
「15時間たったが・・・修理が終わらん・・・すまん・・・」
「私は希望したんです。一度、地獄を見てこようと。誰も面倒を見てくれる者がいなくて、生死の境に立たされる所。冷酷で、巨大な現実の支配する所・・・夢を見ていました。これが現実なんですね」

唇が震え、嗚咽する若き海軍報道班員が初めて知った、「戦場のリアリズム」の凄惨さ

そこに機関長がやって来て、全ての修理が完了したことを報告する。

「俺はいい部下を持った・・・」

艦長の一言には、疲労困憊しつつも、生還せんがために全身全霊を懸けて闘った、全ての者たちへの感謝の念が凝縮されている。

「これから空気噴射で浮上を試みる。浮いても、また叩かれるかも知れん。敵はうようよいる。ディーゼルが始動することを祈るしかない。そしたら全速で逃げる。海峡から母港へ戻るんだ。上手くいけば、ビールを1本ずつ配給するぞ。敵は警戒していないだろう。そこがチャンスだ」

そして、艦長のこの命令から、危機突破の僅かの可能性を信じる壮絶な戦いが開かれていく。



4  奇蹟の生還から、壮絶なラストシーンへの反転的悲劇のうちに閉じる映像の力技



救命胴衣をつけた男たちは、浮上に向かう賭けに打って出た。

「噴射!」

号令が下った。

声もなく、深度計を凝視する乗組員たち。

水圧で軋む音だけが、彼らの感覚を捕捉する。

深度計の針が振れないのだ。

地鳴りのような衝撃が走った。

深度計の針は、未だ振れない。

その直後、ほんの少し針が振れていく。

「浮くぞ!」

機関長が叫んだ。

歓声が沸き起こる。

深度計の針は、少しづつ、しかし確実に浮上に向かって動き出していく。

240メートル。

220メートル。

そして、遂にU-96は、海上にその鋼鉄の相貌を現わした。

酸欠状態の乗組員たちは、存分に呼吸する。

あとは、ディーゼルが始動するかどうか、それが全てだった。

「さあ、正念場だぞ!」

機関長の叫びに呼応するかのように、ディーゼルエンジンが動いたのだ。

艦内に、大歓声が沸き起こった。

夜の海峡を高速で走行するU-96は、一気に海峡突破し、安全圏に入るや、乗組員たちの歓喜の歌声が艦内を響き渡っていた。

艦長の言ったように、乾杯の小さな酒宴が具現したのである。

まもなく、ハードな任務を遂行したU-96は、出撃港のラ・ロシェル軍港に帰還するに至った。

深傷を負った航海長を布にくるんで、いの一番に搬送していく。

そこに予想し難い事態が発生した。

英軍の爆撃機が襲来してきたのである。

爆撃機の空襲
爆撃機の集中的な空襲に遭い、逃げる間もなく、U-96の乗組員たちは悉(ことごと)く戦死する。

修羅場と化すラ・ロシェル軍港。

殆ど虫の息だった艦長は、沈没していくU-96の最期を見届けて息絶えた。

一貫して部外者であったヴェルナー中尉だけが、艦長の死を見届けて命拾いしたのである。

ハッピーエンドを拒絶する壮絶なラストシーンに面食らって、幾人かの初見者は、殆ど言葉を添えられない空気の只中に置き去りにされるかも知れない。

それは、奇蹟の生還から、壮絶なラストシーンへの反転的悲劇のうちに閉じる映像の、言語を絶する力技と言う外にないだろう。



5  「動く箱の中=棺」で、「眼を瞑り、必死で自分を守る」以外に振れない若き将校の心の風景 ―― まとめとして



批評の余地のない傑作というのが、稀にある。

映像それ自身が、全て物語ってくれるからである。

決して、説明的な台詞がある訳ではない。

寧ろ、潜水艦内の構造的説明などは、最初から篩落(ふるいおと)されている。

それでも映像を観れば、間違いなく感じる何かがそこにあり、その感じたものが、私たちの日常性から乖離したゾーンでの視界を開いてしまうのである。

左からヴェルナー中尉、艦長、機関長
映画の中で、私たちに開いた視界のナビゲーターの役割を担うのは、海軍報道班員・ヴェルナー中尉である。

観る者は、潜水艦内の構造に無知な彼の視界と同化することで、極限状況に置かれ続けた者たちの不安や恐怖感を追体験していく。

非常時における艦長の号令によって、潜水艦内の細長く伸びた狭隘なスポットを、他の乗務員と身体を触突させながら、目まぐるしく駆け走っていく若い乗務員たち。

その光景をカメラに収めていくヴェルナー中尉。

好奇心含みで、U92に乗り込んで来たヴェルナー中尉の客観的視界が自壊するのは、殆ど時間の問題だった。

それが耐圧テストとも知らず、潜航限界深度の実験の中で初めて聞く、水圧の破壊的な機械音に触れて、このスポットが、若い彼の視界が収めてきた陸戦の風景と次元の異なる感覚を覚えたのである。

震え、怯え、慄くヴェルナー中尉の恐怖感が、観る者の感情に鋭く共振してくるのだ。

戦争特有の「大いなる危うさ」を内包しつつも、たとえ掩蔽壕(えんぺいごう)でなくとも、自らの身体一人分を隠し込むような場所が提供されている陸戦とは違って、ここには、出口を持ち得ない閉鎖系の絶対空間に押し込められた者たちが共有する、言語に絶する恐怖感が、船殻(船体構造)内部の総体に蒔かれていた。

それは、「一人の死」が「全員の死」に繋がる恐怖感である。

「出口なき潜水艦艇のリアリズム」の極致 ―― それが運命的に重く、深々と沈殿しているのである。

この「出口なき潜水艦艇のリアリズム」こそ、「戦場のリアリズム」の極北と言っていい。

そして何よりも、この映画が凄いのは、「非日常の日常」が常態化する、戦争の「大いなる危うさ」の渦中にあって、何某かの応急的な休息スポットに潜入する余地が確保されているにも拘らず、戦争末期の崩壊現象に晒されている戦士たちには、この類いの応急的な休息スポットすらも奪われている現実の凄惨さを描き出したことだった。

彼らにとって、全ての時間が「非常時」であるのだ。

これが、ラストシーンの凄惨なショットの意味である。

もう、そこには、占領下フランスのラ・ロシェ軍港を発つ前の、ファーストシーンにおける馬鹿騒ぎの風景すらも幻想と化していたのである。

そして、全ての時間が「非常時」に変容する戦争の現実こそ、あっという間に、「シン・レッド・ライン」を超えてしまう戦争暴力の極点であると言っていい。

そこに拉致されてしまったら、「生死」の問題などは、単に「運不運」の問題に過ぎなくなる。

だから、その極限状況下において、戦士たちの多くは、殆どパニック状況に捕捉される際(きわ)で必死に堪え、生還への思いをぎりぎりに繋いで、自らが為し得るベターな行為を模索し、そこに身を投げ入れていく。

しかし、多くの乗務員が経験不足の若者たちだから、どうしても、古参の下士官のスキルに頼らざるを得なくなる。

古参の下士官との連携で、何とか、言語に絶する恐怖感をコントロールしようとするが、それでも限界がある。

限界を感じた者は泣き伏すのみ。

だから作業の邪魔にされる。

当然のことである。

そして、誰よりも惨めなのは、私たち観る者の代弁者となったヴェルナー中尉の自壊的現象の様態である。

既に、客観的視界が奪われているヴェルナー中尉に与えられた方略は、今やコントロールし得ない言語に絶する恐怖感に対して、眼を瞑って、縮こまって眠る選択肢以外ではなかった。

酸素マスクをするヴェルナー中尉
ヴェルナー中尉が寡黙になっていくのは、自分の存在それ自身が邪魔なだけだという認識があるから、それ以外の方略に振れていけないのである。

そんな彼が、U-96と艦長の最期を見届ける。

それが、彼の唯一の役割であったと言える。

だから彼は、必死で自分を守るための「島」を、艦内でも艦外でも探し続けたのだ。

ここで私は、冒頭に挙げた「シン・レッド・ライン」という傑作を想起する。

「兵士は箱の中。動く箱の中。殺られるか、嘘に漬かるか。唯一できることは、自分ってものを持ち、自分をにすることだ」

 「俺には見えない世界だ・・・俺たちの世界は自滅にまっしぐら。人間は眼を瞑り、必死で自分を守る。それしかできん・・・・」

以上の台詞は、特定の主役なき映画の中で、準主役的な役割を演じた、ショーン・ペン扮するウェルシュ曹長の言葉。

この言葉こそ、最後まで部外者であったヴェルナー中尉の心の風景そのものだった。

潜水艦という「動く箱の中=棺」では、「見えない世界」の間断なき恐怖感の累加に対して、「自分をにすること」によってのみ、辛うじて「自分ってものを持ち」得ない極限状況の渦中で、「眼を瞑り、必死で自分を守る」以外方略にしか振れていけない若き将校の心の風景が、物語の総体を通して晒されていたのである。

そして、占領下フランスのラ・ロシェ軍港ですら、将兵たちの安寧の拠点としての継続力を失ったとき、もう、全ての時間が「非常時」の破壊性に塗り潰されていくのだ。

そこでは、「生死」の問題などは、単に「運不運」の問題に過ぎなくなってしまうのである。

シン・レッド・ライン」より
「どんなに訓練を受け、用心しても、生か死を決めるのは運だ。どんな人間か、タフか、そうでないかは無関係。運悪く、そこにいた奴が殺られる」

この言葉も、ウェルシュ曹長の内的言語。


決死の覚悟で難局を乗り越え、生還を果たしたU-96の艦長の最期を、無残にも見届ける役割を担ったヴェルナー中尉の心の風景は、このとき、「生死」の問題が「運不運」の問題に過ぎない現実の凄みに立ち竦み、震えていたであろう。

ここまで描き切ることで、この映画は、ハリウッド流の英雄譚を突き抜けたばかりか、「反戦」の情緒的なメッセージすらも蹴飛ばして、全身全霊を賭して動く人間の裸形の様態を描き切った、正真正銘の「戦場のリアリズム」を映し撮ったのである。

大傑作と呼ぶ外にない。


(2013年11月)



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