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2014年10月13日月曜日

そして、私たちは愛に帰る(‘07)     ファティ・アキン


<水面に反射する陽光の眩い点景>




 1  【イェテルの死】の章 ―― 父の子の決定的確執の果て



 「あんたに求めることは二つだけ。わしと一緒に暮らし、寝るだけでいい」

 この一言で全て決まった。

ハンブルクの大学で教授を務める一人息子・ネジャットの生後、半年後に逝去した妻の代わりに、同じトルコ出身の娼婦・イェテルとの〈性〉を金で買う、年金生活の老人アリの言葉である。

かつて、連れ子の娘と再婚したが、「うまくいかず、彼女たちは出てった」と吐露るアリにとつて、寂しさと〈性〉の処理は喫緊の問題だった。

 「私の夫は右翼に殺された」

イェテルの言葉である。

どうやら、彼女の夫は政治活動家であったようだ。

 夫の死によって生計を立てる方途が限定的な女にとって、トルコの大学で教育を受ける娘のために、娼婦稼業を繋いでいる風景は決して陰惨なものではない。

 目的を持って生きている分だけ、張り合いがあるのだろう。

アリイェテル
そんな女が、今、「専業娼婦」として、年金生活の老人に買われたのである。

 「彼女に手を出すな」

そんな下品な言葉を、平気で息子・ネジャットに言い放つアリは、自宅で重い心臓発作で倒れ、入院するに至った。

 「娘の教育費のためなら、何でもするわ。先生になってもらいたいのよ。あなたのように」

 病院からの帰路、倫理意識が高く、誠実で行動規範を逸脱しないネジャットに、隠さずに打ち明けるイェテル。

だから、娼婦である事実を娘のアイテンに隠し、靴屋で働いていることにしていると言うのだ。

「娘に会いたい。ずっと声を聞いていない」

そう言って、嗚咽するイェテル。

倫理意識が高いネジャットに、イェテルへの深い同情心が生れるのは必至だった。

そんな真面目な息子に本気で嫉妬する父。

退院したアリは心臓が悪いのに、不摂生な生活を送る現実を目の当たりにして、厳しく注意するネジャット。

それを聞き入れない父。

「金を払ってんだから、好きな時にやるさ」

アリの言い分である。

ネジャット父・アリ
教養ある息子の性格と全く相容れないアリの傲慢な態度は、逆に、イェテルの反感を増幅するばかりだった。

「最低の男だわ!」

嘲罵を浴びせるイェテル。

 短気なアリは、思わず、イェテルを殴りつけてしまった。

打ち所が悪く、イェテルは、そのまま息を引き取ってしまうのだ。

自らが招いた最悪の状況下に捕捉され、後悔し、号泣する男は、結局、異国の刑務所での収監生活を強いられるに至

この時のアリの由々しき行為の心理は、以下のように説明できるだろう。

 金銭で買った〈性〉によって作られた支配関係が一瞬にして崩され、あろうことか、その関係の総体を全否定する身体表現をダイレクトに被弾することで、爆発的に噴き上がってきた激しい怒り ―― これが、この状況下でのアリの行為の心理的推進力になったものと考えられる。

 だから、嫉妬感という単一の感情のみで、この男の、この状況下での行為の本質を説明するには無理がある。

 特定他者への精神的愛情が、第三者の侵入によって阻害された事態による嫉妬感というよりも、厳密に言えば、金銭で買った〈性〉によって作られた支配関係における、「奴隷」とも言うべき相手の存在性が、心優しい柔和な息子との関係の中で変容した行為それ自身を許せなかった。

ネジャットイェテル
要するに、相手のイェテルが、一介の「娼婦」という記号性を離脱し、一人の人間としての「人格性」を持ったことに対する偏頗(へんぱ)な感情が、その根柢に張り付いているのだ。

宗教との関係は不分明だが、明らかに、そこには、職業と女性蔑視へのストレートな意識が張り付いている。

それ故に、そのような偏頗な感情に塗り込められた父とは完全に切れて、女性蔑視に全く振れず、近代的自我を持つ息子のネジャットが、その倫理的価値観の高さから、父の犯した由々しき犯罪への贖罪的意味を持つ行為に向かうのは必至だった。

まもなく、イェテルの遺体はトルコに搬送され、それを見送るネジャット。

母国トルコでの埋葬に立ち会うのだ。

そのネジャットの目的は、イェテルの娘・アイテンへの学費の援助であった。

父親の責任を取りたいのである。

しかし、アイテンを探しにトルコに来たが、消息不明で居場所が分らず、途方に暮れるばかりだった。

結局、事態の成り行きで、ネジャットはトルコの首都イスタンブールに留まることになる。

イスタンブールアイテン探しするネジャット
まもなく、ドイツ語書籍の専門書店の店主になり、この小さなスポットを拠点にして、いつ会えるとも分らないアイテンを探す日々を繋いでいくしかなかった。

 まさに、「ドイツ在住のトルコ人教授が、トルコでドイツ語の本屋を経営」(前店主の言葉)するに至ったのである。

 この時点で、ネジャットは、「人殺しなんか父じゃない」という強い思いから解放されていなかったのは言うまでもない。



 2  【ロッテの死】の章 ――  許容範囲を越えた役割を担ったピュアな学生の悲劇



 この章では、ネジャットのイスタンブール訪問以前の状態に時系列が巻き戻る。

 そのイスタンブールで、極左の組織を基盤にした政治活動をしている一人の若い女がいる。

 アイテンである。

 反政府デモが惹起し、当局の弾圧で暴動の様相を呈していた。

 警察に追われたアイテンは、混乱の中で拾った拳銃を手に持ち、それをビルの屋上の一角に隠した後、偽造パスポートで、母がいるドイツに逃亡するに至った。

 
大学構内で寝泊まりするアイテン
大学構内で寝泊まりする日々を繋ぐアイテンが、たまたま同じ教室で教鞭を振っていたのは、母イェテルの事件が惹起する前のネジャットだった。

 イェテルの勤め先が靴屋であると信じているから、アイテンは電話帳で調べながら、片っ端から訪ね歩いたが、全く成果がなかった。

 彼女は、母のイェテルが娼婦である事実を娘に隠し、靴屋で働いている事実を知らないばかりか、その母が逝去している事実すら知らないのだ。

そんな状況下で出会ったのが、ドイツの女子学生・シャルロッテ(ロッテ)だった。

 急速に惹かれ合う二人は、レスビアンの関係にまで発展する。

そのロッテに援助を求めて、母探しをするアイテン。

 ロッテにとって、アイテンへの援助行動は、自らのアイデンティティに関わる〈生〉の解放系に向かう駆動でもあった。

そんな娘の無軌道な行動に不安を抱く母・スザンヌの視線が、自宅で同居するアイテンに向けられるのは至極当然のことだった。

 
ロッテとアイテン
以下、スザンヌとアイテンの会話。

 「娘に聞いたけど、あなたは政治的理由で迫害されたとか」
 「ええ。トルコで反体制グループの一員でした」
 「何を求めて闘ったの?」
 「人権と言論の自由と、教育を受けられる権利を国民のために求めたわ。トルコでは、金持ちしか教育を受けられない」
 「トルコがEUに入れば、状況も変わるわよ」
 「EUなんて信じてない」
 「どうして?」
 「EUを主導する国は?英国、フランス、ドイツ、イタリア、スペイン。すべて植民地を持った国よ。グローバリゼーションに反対してるの」
 「相手は関係なく、闘うのが好きなのね」

 この会話には、解説が必要である。

 確かに、アイテンが言うように、トルコ国内には反政府の多様なグループの希求する民主主義の抗議デモが頻発しているが、「人権と言論の自由」のレベルにおいて、三権分立を保障し、イスラム教の世俗国家を標榜するトルコという国民国家が相応に達成した民主主義(「世論は投票箱にある」と言うエルドアン流の民主主義)の存在が、例えば、「ムタワ」(宗教警察)を持ち、常に、若い男女の関係にまで監視の目を尖らせている多くのイスラム教圏の国家(警察権と裁判権を持つサウジアラビアの「勧善懲悪委員会」、イランの「道徳警察」が有名)との風景のレベルの落差感を峻別すべきである。

 反政府の多様なグループの希求する民主主義と、トルコ共和国政府の民主主義との相違点が共存している状況を軽視してはならないのである。

それでも、アイテンは激しく反応した。
 
 「意見とか、見た目が自分と違うとか、仕事や教育を得ることを国が拒むなら、当然、闘うわよ!」
 「EUに加入すれば、多分、すべて解決するわ」
 「EUなんて、クソくらえ!」

 この会話を聞く限り、アイテンは「跳ね返りの左翼学生」という印象以上に、恐らく、政治活動家を父に持つ養育環境に由来するだろう、「性格的な粗暴さ」という人格イメージに近いと言っていい。
 
 「常識的なドイツ人」の人格イメージを代表すると思われる、ロッテの母・スザンヌの家に厄介になっているにも拘わらず、「クソくらえ!」などという攻撃的言辞を吐くアイテンの「性格的な粗暴さ」は、組織の年長の同士から金を借りながらも、その約束の返済を迫られて、逆切れしてしまう行動傾向のうちに顕著に表れていた。

 そんなアイテンに、ロッテが、なぜ惹かれたのだろうか。

 
ロッテと母・スザンヌ
母子家庭ながらも、安定的な環境に育ったロッテにとって、同世代の学生仲間の感情・行動傾向と明らかに切れているアイテンに対して、度を越したような援助行動に振れる心理の根柢にある心理を、母・スザンヌとの会話から読み取れるので、ここに再現してみる。

 この時点で、シートベルトの不着用でアイテンの不法滞在が露呈し、ドイツの警察に捕捉されたアイテンはトルコに強制送還されていて、重い懲役刑を受ける危険性があるという不安を抱き、矢も盾もたまらず、ロッテはトルコへと向かった。

 アイテンを救出するためであったが、当然ながら、一人の無力な若いドイツ人女性ができることには限界がある。

ドイツ領事館で救援センターを紹介され、1、2カ月かければ面会可能と言われ、ひたすら待つロッテ。

 以下、そんな不安と苛立ちの中での、母と娘との長距離電話での会話。

「大学は、どうするの!」
「今、そんなこと関係ないわ!」
「ロッテ、正直に言うけど、もうンザリよ!あんただって、自分の人生をムダにしてる!」
「人生で、初めて目的を持てたわ。アイテンを助けるには、私がいなくちゃダメなの!」
「もう、助ける気はないから、自分の力でやってみるのね。これからは、すべて自分の力で何とかしなさい」

あまりに強いロッテの意志を知って、スザンヌは、こう言う外になかった。

 この会話の中に、娘ロッテの心情が、ひしと伝わってくるものがある。

 
強制送還される前のロッテとアイテン
社会的状況と全く触れ合うことなく、「可もなく不可もなし」というような、フラットな学生生活を送る日々の空洞感を、同年代でありながら、全く異質な文化の中で力強く生きる異国の同性との出会いによって決定的に穿たれてしまった。

 要するに、若者にありがちな「社会的正義感」という観念系が沸騰し、「自分が動かなければ、彼女を救えない」という情感的な確信にまで上り詰めていったこと ―― これが大きかったのだろう。

 そして、「社会的正義感」を推進力にして、社会的状況とのコミットを求めるロッテの心理のルーツが、母スザンヌの青春期にまで淵源することがまもなく判明するが、その辺りは後述する。

物語を続ける。

何とか、アイテンと面会したロッテは、そこで、彼女から意想外の依頼を受けることになる。

トルコを逃亡する前に、アイテンが隠した拳銃を取りに行き、それを組織の元に渡して欲しいという依頼だった。

そして、その依頼を忠実に実行するロッテ。

あってはならない事件は、そこで出来した。

依頼を受けるロッテ
苦労してビルの屋上から持ち出した銃を、ストリートチルドレンに盗まれてしまう不本意な事態が、彼女の命を奪う事件を惹起させてしまうのだ。

少年たちを追い駆け、追い詰めた挙句、一人の少年の放った銃丸で、ロッテは呆気なく射殺されてしまうのである。

ロッテの死 ―― それは、極左組織に依拠し、異質な文化の中で政治活動を繋ぐ女が、その行為の許容範囲を大きく越えた役割を、「社会的正義感」と強い「援助感情」のみで動いていただけの、ピュアな学生に依頼したことが全てだった。


 ―― ここで、テーマを変え、スザンヌとアイテンの会話の中枢にあった、トルコのEU加入の問題の複雑さを簡単に言及したい。

「トルコがEUに入れば、状況も変わるわよ」とスザンヌは言うが、現実は容易ではない。

「1960年代、西ドイツ(当時)では現業分野の人手不足を解消するためトルコから多くの移民を労働者として受け入れました。出稼ぎでやってきた彼らがトルコから家族を呼び寄せ定住した結果、現在のドイツには270万人ものトルコ移民が暮らしていますが、イスラム教とアジア文化に根ざし一大コミュニティを作り上げた彼らトルコ人に対する差別が社会問題となっています。また、トルコのEU加盟に関して、加盟を前提にした連合協定は63年に締結されていますが、キプロス問題、司法制度・人権保護の改善など加盟基準で今も交渉中です」(公式サイト)

この公式サイトが要約しているように、近年、クロアチア紛争(1991年から1995年まで)を経験したクロアチアが、28番目の加盟国として正式加盟したにも拘わらず、同時期に加盟交渉を開始していたトルコのEU加入が具現しないのは、「キプロス」、「アルメニア人虐殺」にルーツを持つ「人権」など、EU加盟基準の不備という表面的問題よりも、およそ7600万人の人口を擁し、家族的定住を膨張させていく傾向を有する、「イスラム教文化」の移民コミュニティそれ自身への、潜在的恐怖感が大きな障壁になっていると思われる。

 このような由々しき問題の解決の困難さは、「ドイツの多文化主義は完全に失敗した」と発言したメルケル首相の、キリスト教民主同盟の青年部会議での言辞によっても裏付けられる。

 ネオナチによる、トルコ系移民8人を含む10人の移民を殺害した連続殺人事件(2011年11月)を想起するまでもなく、メルケル首相が指摘したように、ドイツ人が「外国人」と正面から向き合うことを拒んできたのは事実である。

 トルコ人が定住し、子孫を儲けても「市民」とは認められず、暫定的な「住民」の扱いを受けてきた。

 トルコ人もまた、「市民権」の取得や社会参加に殆ど関心を示さず、自分たちに対する偏見意識を膨張させてきたのも事実。

 彼ら自身、ドイツ語を学び、文化的な孤立状態から脱け出し、ドイツ社会に溶け込むべきだとも言える。

 
メルケル首相
これが、メルケル首相のメッセージの真意であると考えたい。

 

 3  【天国のほとりで】の章 ―― 水面に反射する陽光の眩い点景



 アイテンの母である娼婦・イェテルの殴殺事件の刑期を終え、出所した後、母国トルコに強制送還されたアリは、黒海沿いの海辺で釣りを楽しむ日々を繋いでいた。

 同様に、明瞭な目的意識(アイテン探し)を抱懐して、母国で身過ぎ世過ぎを繋ぐ息子・ネジャットとの共存は、「許してくれるはずがない」という理由で、初めから諦念の心境にあった。

 一方、「対象喪失」の悲嘆の極点の心境にあったロッテの母・スザンヌは、アリと同時期にイスタンブールへやって来た。

 娘ロッテの遺品を引き取るためである。

 ホテルの一室で、泣き崩れるスザンヌ。

 そのスザンヌが、領事館経由で知ったネジャットの紹介で、ロッテが下宿したアパートの部屋に入り、そのベッドで仮眠した後、そこで見つけた娘の日記を読む時間の中に耽っていく。

 「“この今の私の歩みに耐えなければ。勇気が必要だ。ママに理解されないとしても。でも驚くわ。ママと同じ道を歩んでる。少しずつ聞きかじったママが歩んだ道とは、異なるかも知れないが、すごく似てるような気がする。ママにとっては、私に自分を見てるのだ”」

 「ママと同じ道を歩んでる」とは、スザンヌがネジャットに語ったように、彼女もまた、30年前に、ヒッチハイクでイスタンブールに立ち寄った経験のことを指している。

当時は言うまでもなく、1975年4月、北ベトナム軍の総攻撃によって、南ベトナム政府が無条件降伏して終焉した、ベトナム戦争の末期。

ミッドナイト・エクスプレス
イスタンブールを舞台にする、アラン・パーカー監督による「ミッドナイト・エクスプレス」(1978年製作)でも描かれていたが、「ドラッグ」を求めるアメリカ人青年の、「世界漫遊」という名のヒッピー文化に象徴されるように、「自由」、「平和」、「ドラッグ」、「フリーセックス」、「ヒッチハイク」などの言葉に集約される若者文化が、先進国の中に蔓延していた。

スザンヌが、どのようなヒッチハイクをしたか知らないが、少なくとも、大きく変容していく時代の文化の波に乗って、青春を存分に謳歌したに違いない。

それを、ロッテの生前に語っていたのだろう。

物語では、この娘の言葉に大きく誘発される感情が、一つの決定的な行為に結ばれていく。

それが、使命感に燃えて駆動した娘の、成し得なかった全人格的な身体表現であると感受したのであろう。

アイテン救出に動いたのである。

 以下、拘置所にアイテンを訪ねたときの会話。

 「ごめんなさい。すみません。こんなことに・・・許して下さい」

 スザンヌを前に、嗚咽しながら許しを乞うアイテン。

 アイテンの悲痛な表情を柔和に受容するスザンヌは、ここに来た目的を静かに語る。

 「話を聞いて。聞こえる?あなたを助けたいの。娘が望んでたことよ。私もそうしたいの。あなたに必要なのは、お金と弁護士。それと、食べ物と住む所。何でも言って」
 
 
  その間、涙が止まらず、反応する声もない。

 信じられない言葉が、自分を憎悪して止まない相手から返ってきたからだ。

 「許して下さい」
 「もう、気にしないで」
 「すみません」
 「いいのよ」

 これだけの会話だった。

 しかし、思いも寄らないスザンヌの訪問によって、アイテンの中で、何かが決定的に変容していくようだった。

ここで、私は勘考する。

外交問題に発展する事態を怖れ、トルコ当局がアイテンから事情を聞いているから、ロッテの事件の全容を知らされているはずなのに、「赦し」を越え、「救済」に動くスザンヌの心の振れ方が簡単に処理されていて、「和解」・「赦し」・「救済」という、あまりに主題の一方的先行の構成に対して、私は大いに違和感を覚えざるを得ない。

「対象喪失」の悲嘆が、その悲嘆の原因となった当該人物への憎悪の感情など、彼女の内面で様々に惹起し得る葛藤描写が、すっぽりと抜け落ちていることに疑問を感じざるを得ないのである。

基幹テーマに対する拘泥が強いあまりに、この作り手は、ここで精緻に描かなければ、その後のスザンヌの心理の変遷が希釈化されてしまうと思われる、「対象喪失」の悲嘆の曲折的な経由と、それを克服していく心理描写・葛藤描写の要諦を削り取ってしまったのだ。

それが、この作り手の人間洞察力の脆弱さに起因するか否か、私には分らない。

「ドイツ人として、スザンヌとロッテはヨーロッパ連合を代表し、イェテルとアイテンはトルコを代表する。彼女たちの間で起こるすべてのことは、ヨーロッパ連合とトルコの関係を表している」(公式サイト)

ファティ・アキン監督
このファティ・アキン監督の言葉は、説明されなくとも分る。

「『そして、私たちは愛に帰る』は死についての映画。死といっても、すべての死は生誕である、という意味だ。死も誕生も、新たな次元へ扉を開く」(公式サイト)

 この言葉も分らなくはない。

 然るに、人間の心理の複雑な振れ方を描く葛藤描写の欠如によって失ったものの大きさよりも、ファティ・アキン監督にとって、ご都合主義とも言える「展開のリアリズム」を無視してまでも、主題の一方的先行の物語構成の構築の方が、プライオリティの高さにおいて勝っていたということなのだろう。

物語を続ける。

 スザンヌという一人のドイツ人女性は、もう一人の若者の心にも変化を与えていく。

 スザンヌが、領事館経由で知ったネジャットの紹介で、今は亡き娘ロッテの部屋に下宿したときに、10月に催されるトルコの「犠牲祭」を遠望し、その祭について、ネジャットから説明を受ける印象的なシーンがあった。

 「神が、イブラヒムの信仰を試すため、息子を捧げよと命じた。彼は、息子のイシュマエルを供物台へと載せた。短剣が振り下ろされる瞬間、刃先が丸くなった。イブラヒムの信仰心に満足した神は、息子の代わりに羊を捧げさせた」
 「私たちにも同じ物語が」
 「“僕を捧げる?”と父さんに聞いたことがある。子供心に怖い話だった。母が早死にだったので・・・」
 「お父様の答えは?」
 「“父さんは、お前を守るためなら、神だって敵に回す”と」

 ここで、スザンヌが言う「同じ物語」とは、旧約聖書の「創世記」に記述されている「イサクの燔祭」(はんさい)のこと。

 容赦ない試練を受けたヨブのように、この話もまた、愛する一人息子のイサク生贄に捧げるように、神に命じられたアブラハムが、イサクを捧げるという試練の物語である。

 このアブラハムの試練の物語は、ユダヤ教キリスト教イスラム教によって、今でも伝えられているので、スザンヌの関心を呼び起こしたのも当然だった。

 
スザンヌとネジャッド
スザンヌとの会話を通じて、ネジャッドの内面を支配する、父・アリへの「許し難き思い」が、相対的に希釈化されていった心理の振れ方は、とても良く理解できる。

 この時点で、父・アリの出所と、母国トルコへの強制送還の事実を知っていたネジャッドは、スザンヌに自分の思いを伝えた。

 「数日間、本屋を見てもらえます?」

 スザンヌとの柔和な会話を通して、明らかに、一人の若者の心が波動したのである。

 父との再会を決意したのだ。

 “お前を守るためなら、神だって敵に回す”と言い切った父の言葉を鮮やかに想起したとき、「対象喪失」の最も辛い立場に置かれているスザンヌが、「和解」・「赦し」・「救済」という行為に振れていった現実を目の当たりにして、若者の心もまた、決定的に動かざるを得なかった。

 一方、アイテンは拘置所長に自ら申し出て、極左組織からの転向を告げ、スザンヌの保釈金によってイスタンブールの街に出て来た。

 本屋の留守番をしているスザンヌの元を訪ね、改めて謝罪し、握手する。

 宿泊所もないアイテンに、スザンヌが身を寄せている娘の部屋を紹介する。

 抱擁し合う二人。

 
 ドイツ人女性とトルコ人女性との「和解」が、その根源性において具現したのである。

 ラストシーン

 父との再会を果たすために、駆動するネジャッド。

 一昼夜、車を飛ばして、そこに孤独の日々を繋いでいるであろう、一人の老人の心の中枢点に向かっていく。

 黒海沿岸を疾駆するネジャッドの車が止まり、釣りに出ている老人が戻るまで、浜辺で待ち続けるネジャッド。

 待ち続ける時間の長さは、息子が父を許すまでの時間の長さでもあった。

 だから、この時間は長い。

 それでも、待ち続けることを決意した息子の心は、もう揺れ動くことがない。

 父と子にとって、「和解」に軟着し得るために不可避だった時間の長さが、今、浜辺で待つ息子の心の中枢を溶かし、じわじわと、しかし確かな拍動を刻んで、水面に反射する陽光の眩い点景を柔和に包摂している。

素晴らしいラストシーンだった。



【参考資料 2010年10月28日 ニューズウィーク日本語版】


(2014年10月)

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